天武天皇(百十六)唐の学生と捕らわれた者が新羅を経由して帰国

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天武天皇(百十六)唐の学生と捕らわれた者が新羅を経由して帰国

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原文

癸未、大唐學生、土師宿禰甥・白猪史寶然、及百濟役時沒大唐者、猪使連子首・筑紫三宅連得許、傳新羅至。則新羅遣大奈末金物儒、送甥等於筑紫。庚寅、除死刑以下罪人皆咸赦焉。

現代語訳

(即位13年)12月6日。大唐(モロコシ=中国の唐)の学生の土師宿禰甥(ハジノスクネオイ)・白猪史宝然(シライノフビトホネ)と、百済の役(エダチ=百済救援の戦役)の時に大唐に捕らえられた人である猪使連子首(イツカイノムラジコビト)・筑紫三宅連得許(ツクシノミヤケノムラジトクコ)が、新羅を伝って、帰国しました。新羅は、大奈末(ダイナマ=新羅の官位)の金物儒(キンモツヌ)を派遣して、甥たちを筑紫に送迎しました。
12月13日。死刑を除いて、それ以下の罪人を、皆、ことごとく許しました。
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解説

日本は白村江の戦いなど、百済の救援を行いました。その際に捕らえられた猪使連子首と筑紫三宅連得許が新羅を経由して帰国しました。日本が敗北したのは間違いないのですが、白村江の戦い以降も新羅は日本に朝貢していますし、日本と中国との関係も決して悪いものでもないでしょう。

私は、日本が中国や朝鮮とは違う論理で政治が行われていたことを理解していたんじゃないか?と思っています。

中国と朝鮮や中国東北異民族は「儒教」のロジックで政治が行われていました。儒教では「道徳」が大事で、道徳があれば勝利し、無ければ敗北します。つまり敗北するのは道徳が不足しているからです。敗北者は不道徳だから負けるということは、儒教のロジックでは「敗北者は皆殺し」になります。だから中国では王朝が変わると、前王朝は皆殺しに会い、そこで培われた文化もリセットされます。

だから中国は異民族が怖い。特に東北異民族は騎馬民族で機動力があり、あっという間に中国が蹂躙されます。中国は実は、漢民族が東北異民族に蹂躙される歴史です。その恐怖の象徴が万里の長城な訳です。そこで中国は勢いのあった騎馬民族である高句麗(高麗)をどうにかしたかった。それで新羅と結託して挟み撃ちにした。おそらく百済侵略はその経緯のおまけみたいなものです。

日本は百済を救援して中国(唐)と敵対することになりましたが、中国からしてみたら、日本は騎馬民族じゃない上に、儒教国ではありませんから、これ以上、日本と敵対しても利益がありません。日本に軍隊を送るってことは戦費が掛かりすぎます。

唐としては日本とはこれ以上、敵対する気がなかったのではないか?というのが私の意見です。
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