天武天皇(百三十)億仁の病気・天皇が体不安する・川原寺で薬師経

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天武天皇(百三十)億仁の病気・天皇が体不安する・川原寺で薬師経

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現代語訳

(即位15年)5月9日。多紀皇女(タキノヒメミコ)たちは伊勢から到着しました。この日に侍医(オモトクスシ=天皇の主治医)の百済人の億仁(オクニ)は病気して死にそうでした。すぐに勤大一位を授けました。それで100戸を封(ヨサ)しました。
5月14日。勅(ミコトノリ)して大官大寺に700戸を封して、税30万束を納めました。
5月17日。宮人たちに爵位を増し加えました。
5月24日。天皇は初めて、病気で発熱しました。それで川原寺で薬師経を説かせました。宮中で安居(アンゴ=毎年4月15日から7月15日まで講説をすること)させました。
5月29日。金智祥たちを筑紫で宴会してもてなしました。禄(モノ)を与え、それぞれに品がありました。すぐに筑紫から退きました。
この月に、勅(ミコトノリ)して左右の大舎人たちを派遣して、諸々寺の堂等を掃き清めさせました。天下を大赦(オオキニツミユルス)しました。囚獄(ヒトヤ=牢獄)は空になりました。
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解説

病気
いよいよ天武天皇の病状が悪化。
百済人の医者の記述があるのは、天武天皇の治療と関係があるのでしょうね。それだけ朝廷が天武天皇のカリスマを当てにしていた、のかもしれません。
大赦
日本では時々、特赦を与えて、罪人の刑を軽くしました。それにしても牢獄が空っぽになるとは異常。それは特赦しすぎです。

特赦という言葉はどことなく、「権力者の優しさ」というニュアンスを持っていますが、日本が特赦をするのは、ちょっと意味が違います。日本人は穢れを嫌いました。穢れには、様々な種類があります。死穢・病気・腐食物・嘘、そして「罪」も穢れにあたります。よって罪を赦すということは「日本から穢れを祓う」という意味があります。しかし、これは実質、犯罪者を野に放つだけ。そうそうやっちゃいけないことです。天武天皇の時代には度々「大赦」が見られますが、それは「病気」や「死」を祓おうとしての儀式じゃないかと思います。つまり天皇の病気を治すためだったり、戦争の祟りを避けるためです。ここでの「罪を許す」ってのは、権力者の寛大さを示したり、国民の支持を得ようとしてやったんじゃないってことです。
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原文

五月庚子朔戊申、多紀皇女等至自伊勢。是日、侍醫百濟人億仁、病之臨死、則授勤大壹位、仍封一百戸。癸丑、勅之大官大寺封七百戸、乃納税卅萬束。丙辰、宮人等増加爵位。癸亥、天皇始體不安、因以於川原寺說藥師經、安居于宮中。戊辰、饗金智祥等於筑紫、賜祿各有差、卽從筑紫退之。是月、勅遣左右大舍人等掃淸諸寺堂塔、則大赦天下、囚獄已空。
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