持統天皇(十八)武庫海と那耆野と身野を禁漁区に

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持統天皇(十八)武庫海と那耆野と身野を禁漁区に

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原文

秋八月辛巳朔壬午、百官會集於神祗官、而奉宣天神地祗之事。甲申、天皇幸吉野宮。丙申、禁斷漁獵於攝津国武庫海一千步內・紀伊国阿提郡那耆野二萬頃・伊賀国伊賀郡身野二萬頃、置守護人、准河內国大鳥郡高脚海。丁酉、賞賜公卿各有差。辛丑、詔伊豫總領田中朝臣法麻呂等曰、讚吉国御城郡所獲白䴏、宜放養焉。癸卯、觀射。

現代語訳

(即位3年)秋8月2日。百官(ツカサツカサ=役人)は神祇官(カムヅカサ)で集まり、天神地祇のことを宣べ奉りました。
8月4日。天皇は吉野宮(ヨシノノミヤ)に行きました。
8月16日。摂津国の武庫海(ムコノウミ=兵庫県武庫川河口付近の海)の1000步(アシ)以内、紀伊国の阿提郡(アテノコオリ=現在の和歌山県有田郡・有田市)の那耆野(ナキノ=紀伊国在田郡那郷=現在の和歌山県の有田川下流の原)の20000頃(シロ)、伊賀国の伊賀郡の身野(ムノ)の2000頃で漁猟(スナドリカリ)をすることを禁じ断じ、守護人(モリビト)を置きました。河内国の大鳥郡の高脚海(タカシノウミ=大阪府泉北郡高石町の海岸=禁漁区だったらしい)に倣ったものです。
8月17日。公卿(マヘツキミ)に賞を与えました。それぞれに品がありました。
8月21日。伊予総領田中朝臣法麻呂(イヨノスベオサタナカノアソミノリマロ)たちに詔(ミコトノリ)して言いました。
「讚吉国(サヌキノクニ=讃岐国)の御城郡(ミコノコオリ=讃岐国三木郡=香川県木田郡の東)で捕らえた白䴏(シロツバクラメ=白いツバメ)を放し飼いにしなさい」
8月23日。射(イクサ)を観覧しました。
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解説

禁猟地区
それまでにも禁猟・禁漁地区はあったのですが、ここで増量。持統天皇の権力の強さを表しているのか。
射(イクサ)
前のページで「射(イクサ)」を練習する場所を作らせたので、その状況を見に行ったよう。
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