持統天皇(二十)新城を見る・下毛野朝臣子麻呂は奴婢を免除・双六を禁じる

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持統天皇(二十)新城を見る・下毛野朝臣子麻呂は奴婢を免除・双六を禁じる

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現代語訳

(即位3年)9月10日。直広参の石上朝臣麻呂(イソノカミノアソミマロ)・直広肆の石川朝臣蟲名(イシカワノアソミムシナ)たちを筑紫に派遣して位記(クライノフミ=冠位授与の辞令)を送らせました。また新城(=?)を監視させました。

冬10月11日。天皇は高安城(タカヤスノキ)へ行きました。
10月22日。直広肆の下毛野朝臣子麻呂(シモツケノノアソミコマロ)は奴婢を陸佰口(ムモモタリ=600口)を免除したいと思うと申し上げました。申したままに許しました。

11月8日。中市(イチナカ)で、追広弐の高田首石成(タカタノオビトイワナリ)が三つの兵(ツワモノ=武器術)を習ったことを褒めて物を与えました。
12月8日。双六(スグロク)を禁じ、断じました。
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解説

新しい城

にある「新城(ニイキ)」のことかもしれません。
古い説では「水城・大野城・椽城(=基肄城)」ではないかと言われていました。まぁ、よく分かっていません。
双六
古代では双六をして賭けていました。ギャンブルですよね。そんなのが朝廷内ではやるのはよろしくない、ってことでしょう。
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原文

九月庚辰朔己丑、遣直廣參石上朝臣麻呂・直廣肆石川朝臣蟲名等於筑紫給送位記、且監新城。冬十月庚戌朔庚申、天皇幸高安城。辛未、直廣肆下毛野朝臣子麻呂奏欲免奴婢陸佰口、奏可。十一月己卯朔丙戌、於中市、褒美追廣貳高田首石成之閑於三兵、賜物。十二月己酉朔丙辰、禁斷雙六。
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