持統天皇(四十六)坐贓の罰

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持統天皇(四十六)坐贓の罰

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原文

夏四月庚申朔丙子、遣大夫謁者詣諸社祈雨、又遣使者祀廣瀬大忌神與龍田風神。辛巳、詔「內藏寮允大伴男人坐贓、降位二階、解見任官。典鑰置始多久與菟野大伴亦坐贓、降位一階、解見任官。監物巨勢邑治、雖物不入於己知情令盜之、故降位二階、解見任官。然、置始多久、有勤勞於壬申年役之、故赦之、但贓者依律徵納。」

現代語訳

(即位7年)
夏4月17日。大夫(マヘツキミ=臣下)・謁者(モノマウシヒト)を派遣して、諸社(モロモロノヤシロ)に詣でて、雨乞いしました。また使者を派遣して広瀬大忌神と竜田風神を祀らせました。
4月22日。詔(ミコトノリ)しました。
「内蔵寮允(ウチノツカサノマツリゴトヒト)の大伴男人(オオトモノオヒト)が坐贓(ヌスミモノツミス=不当利得)をしました。位を1階降して、見任官(イマヨサセルツカサ)を解任しました。典鑰(カギツカサ)の置始多久(オキソメノオオク=置始大伯)と菟野大伴(ウノオオトモ)がまた、坐贓(ヌスミモノツミス=不当利得)をしました。位を1階降して、見任官(イマヨサセルツカサ)を解任しました。監物(オロシモノノツカサ)の巨勢邑治(コセノオオジ)は、物を自分のものに入れていないと言っても、その情(ココロ)を知って、盗ませた。よって位を2階、降して、見任官(イマヨサセルツカサ)を解任しました。しかし置始多久(オキソメノオオク)は壬申の年の役(エダチ)に勤労した。よって赦しました。ただし、贓(ヌスミモノ=盗んだ物)は、律(ノリ)に従って、徴収し納めなさい」
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解説

置始多久
置始連大伯と同一人物と思われます。置始大伯の子が置始兎がいて、これが壬申の乱ではちょくちょく名前が登場していますが、置始大伯は出ていません。まぁ、名前が出てないからって活躍していないとは言えませんから、気にしないでもいいけど。
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