持統天皇(四十七)無遮大会を内裏で・福嘉を俗に・雨乞い

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持統天皇(四十七)無遮大会を内裏で・福嘉を俗に・雨乞い

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原文

五月己丑朔、幸吉野宮。乙未、天皇至自吉野宮。癸卯、設無遮大會於內裏。六月己未朔、詔高麗沙門福嘉還俗。壬戌、以直廣肆授引田朝臣廣目・守君苅田・巨勢朝臣麻呂・葛原朝臣臣麻呂・巨勢朝臣多益須・丹比眞人池守・紀朝臣麻呂、七人。秋七月戊子朔甲午、幸吉野宮。己亥、遣使者祀廣瀬大忌神與龍田風神。辛丑、遣大夫謁者詣諸社祈雨。癸卯、遣大夫謁者詣諸社請雨。是日、天皇至自吉野。

現代語訳

(即位7年)
5月1日。吉野宮へ行きました。
5月7日。天皇は吉野宮から帰りました。
5月15日。無遮大会(オカギリナキオガミ=国王が施主となり全ての人が供養布施をする法会)を内裏(オオウチ)で設けました。

6月1日。高麗の沙門(ホウシ=僧)の福嘉(フクカ)に詔(ミコトノリ)して俗(シロキヌ=俗人)に戻しました。
6月4日。直広肆を引田朝臣広目(ヒケタノアソミヒロメ)・守君苅田(モリノキミカリタ)・巨勢朝臣麻呂(コセノアソミマロ)・葛原朝臣臣麻呂(フジワラノアソミオミマロ)・巨勢朝臣多益須(コセノアソミタヤス)・丹比真人池守(タジヒノマヒトイケモリ)・紀朝臣麻呂(キノアソミマロ)の7人に授けました。

秋7月7日。吉野宮へ行きました。
7月12日。使者を派遣して、広瀬大忌神と竜田風神を祀らせました。
7月14日。大夫(マヘツキミ=臣下)・謁者(モノマウシヒト)を派遣して、諸々の社に詣でて、雨乞いをしました。
7月16日。大夫・謁者を派遣して、諸々の社に詣でて雨乞いしました。この日に天皇は吉野から帰りました。
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性格・能力

福嘉
ここでしか見られない人物。俗人に戻したのは、その知識を朝廷で利用する…登用するためではないかと思われます。
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