持統天皇(五十三)金光明経を毎年正月上弦に読みなさい

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持統天皇(五十三)金光明経を毎年正月上弦に読みなさい

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現代語訳

(即位8年)
夏4月5日。浄大肆を筑紫大宰率(ツクシノオオミコトモチノカミ)の河内王(カフチノオオキミ)に贈りました。合わせて賻物(ハブリモノ=遺族に贈る香典のようなもの)を与えました。
4月7日。持統天皇は吉野宮に行きました。
4月13日。使者を派遣して、広瀬大忌神と竜田風神を祀らせました。
丁亥(=4月には無い=丁卯の写し間違いだとすると4月14日)に吉野宮から帰りました。
4月17日。律師道光(リツシドウコウ)に賻物(ハブリモノ)を贈りました。

5月6日。公卿大夫(マヘツキミタチ=臣下たち)を内裏(オオウチ)で宴会をしてもてなしました。
5月11日。金光明経(コンコウミョウギョウ)100部を諸国に送り置きました。必ず、毎年、正月の上弦(カミツユハリノヒ=7日8日)に取って読みなさい。その布施(オクリモノ)はその国の官物(オオヤケモノ=公的なもの)を当てなさい。
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解説

上弦
日本は「月」を基準にした暦でした。月は30日で地球の外周を一周しますから、この頃の日本の一ヶ月はキッチリ30日でした。31日はありません。
すると毎月1日は新月で、毎月15日は満月でした。ということは毎月7日8日あたりは、必然的に「上弦の月」になります。上弦の月ってのは半月で、欠けてる側が上になる状態のことです。

ところで、これまでは10日間を意味する「旬」という文字が使われていました。まぁ、数えるほどしか登場していませんけどね。上弦ではなくて「上旬」でも問題ないと思うのですよね。金光明経を上弦に読む必然性は無いでしょうから。
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原文

夏四月甲寅朔戊午、以淨大肆贈筑紫大宰率河內王、幷賜賻物。庚申、幸吉野宮。丙寅、遣使者祀廣瀬大忌神與龍田風神。丁亥、天皇至自吉野宮。庚午、贈律師道光賻物。五月癸未朔戊子、饗公卿大夫於內裏。癸巳、以金光明經一百部送置諸国、必取毎年正月上玄讀之、其布施以當国官物充之。
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