韓国の航空会社が飛行機事故を起こす理由

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韓国の航空会社が飛行機事故を起こす理由

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韓国の航空会社が飛行機事故を起こす理由

まとめ
●韓国は儒教国で上下関係を重んじる。
●操縦士に対して副操縦士が意見を述べるのは上下関係を重んじる儒教では道徳に反する。
●上司を批判することは許されない。
●しかし、操縦士の判断ミスを補うための副操縦士を置いているであって、この上下関係を重んじるならば無意味。
●どうしても、他国よりも事故が増える。
●同じ儒教国である中国とマレーシアも危険。
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普通の国の航空機の事情

どこの国の航空会社でも、大きな飛行機には操縦士一人だけではなく、副操縦士を二人置いています。どうしてかというと、操縦士1人では判断ミスが起きるかもしれないからです。「副操縦士」は立場から言えば「操縦士の下」になるんですが、操縦士のミスを補う存在です。補完するものです。人間ですから誰にだって失敗はありますから、保険のために副操縦士がいるのですね。万が一のためです。

なので、操縦士は副操縦士が意見を述べたら、それを聞かなくてはいけませんし、副操縦士は問題がある場合はハッキリと意見を述べなくてはいけません。そうでないと副操縦士を二人も乗せている意味がありませんよね。航空会社は副操縦士二人を載せることで給料を余計に払っているのです。このコストはあくまで安全のためです。
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儒教の国の社会事情

儒教国は上下関係を重んじる
さて韓国は儒教の国です。
儒教では上下関係がとても大事になります。
上の言うことを下が聞く……
この上下関係の道徳によって社会秩序を維持するのが儒教の考えです。
だから上下関係を飛び越えることは許されません。
よって下の人間が上の人間に意見すると言うのは、基本的にはばかれることなんです。やっちゃいけない。やったらマズイ。これは秩序が乱れる行為です。不道徳なんですね。


まぁ、例えば、王様がいて臣下が王様に意見する…そういったシーンを中国や朝鮮のドラマや小説に見かけると思います。それで王様が臣下の意見を受け入れ、「よくぞ言ってくれた」と褒めるシーンって見ますよね。まぁ、あれは王様が内政や外征の専門家では無い場合、専門家である臣下が意見を申すとしても、それはまぁ、まだ王様としては許せることなんですよ。専門外ですからね。それでも「王が臣下の意見を受け入れること」が、ドラマや小説で描かれると言うことは、それがやはり「すごいこと」だからなんです。そんな風に王が臣下の意見を受け入れることが、なかなか無いことだからそうやって描かれるのです。そういう臣下の意見を受け入れる人は「立派な稀な王様だ」ってことです。まぁ、それはともかくとして。

儒教の国の操縦士と副操縦士

このページの話は航空機のパイロットの場合です。

操縦士と副操縦士の場合は、どちらも「操縦の専門家」なんですね。
儒教国の航空会社の操縦士ならば副操縦士に「これは違うんじゃ無いですか?」と意見されるってのは、我慢できないことです。腹を立て、ブチギレてぶん殴ることもあるかもしれません。操縦士が「上」で、副操縦士が「下」だからです。下が上に意見するなんてことは儒教の世界ではあってはいけないことです。
いやいや、副操縦士は補完する関係ですから、間違いを指摘する義務があります。だから指摘はするんですよ。でも議論になった時、操縦士は副操縦士の意見をかなりの確率で無視します。会話にするとこんな感じです。
操縦士「これは、Aだろう」
副操縦士「いえ、Bでは無いでしょうか」
操縦士「いや、Aだ」
副操縦士「私にはBに見えます」
操縦士「黙れ!逆らう気か!(ぶん殴る)」
副操縦士「……」

まぁ、最終的に判断するのは操縦士になるのですから、上記の会話を経ても墜落したり事故になるとは限りません。だって副操縦士の勘違いという可能性も絶えずあるんですからね。ただ、このような会話で副操縦士の見解が否定されるのならば、副操縦士は安全面では不要ってことになります。
●韓国の航空機が事故を起こすとき、実際に上記に近い会話がある。
●「大韓航空ナッツリターン事件の理由と原因」…大韓航空機のナッツリターン事件の経緯も似たようなものがあります。

儒教の上下関係とは何か?

ではどうして無視するのか。
部下の見解を受け入れないのか?
これは儒教で上下関係が「何を根拠に規定されているか?」にあります。
操縦士と副操縦士の違いってなんでしょうか?
まぁ、一言で言えば「立場」ですよね。
単なる役職名が違う、ただそれだけのことです。
立場が違えば、責任や求められる能力も違うんですが、それは花屋と肉屋と魚屋で求められるサービス(商品)が違うのと一緒で、個人の評価とは関係ないですよね。少なくとも、立場や職業で個人の人間性に差があると考えるのは、職業差別であり、礼儀に反した考え方です。
●日本でも欧米でも、操縦士と副操縦士は上司と部下という関係ではあるんです。でも、副操縦士が意見を述べたからと言って、操縦士がブチキレたら、周囲の人は「おいおいダメだろ」と批判するはずです。
●操縦士と副操縦士は、上司と部下ではあるんですが同時に、業務という同じ目的を持った仲間です。副操縦士は部下ではあるんですが、操縦士を補助するという役割を持った「仲間」ですよね。儒教国でもそうなんですが、儒教国では上下関係という名の道徳が強く、「仲間か上下関係か」と天秤にかけると「上下関係」が優先されるんです。それだけ道徳が重んじられるんです。

でも、儒教では違います。
儒教では上か下かの基準も道徳にあります。
上司は道徳があるから上司であり、部下は道徳がないから部下なんです。儒教国では、操縦士と副操縦士は単に「立場が違う」では済まないんです。儒教では「立場が違う」ということは、道徳・・・つまり「正しさが違う」んです。

そして正しい方が能力が高いというのが常識です。

上下関係が業務遂行と邪魔する

もしも部下が上司に意見したら、それは上司の不道徳を指摘し、「お前は上司にふさわしくない」と言っているのと一緒なのです。これはキレます。なにせ不道徳ということは「無能」であり、つまり「悪」なのです。悪は断罪されてしかるべきです。なので発作的に自分を守るためにキレます。これがファビョン(火病)です。

極端な話、上司が「カラスは白い」と言ったら、部下も「カラスは白い」と言わなくちゃいけません。そのように上司を立てる忠誠心が上下関係であり、美しい道徳なのです。つまり儒教では「事実より道徳」なんです。事実を重んじていないわけじゃないんですが、事実と道徳を天秤にかけたら道徳が勝つんです。

となると当然、操縦士が判断ミスをした時の補助として副操縦士がいても無駄なんです。セーフティネットの意味をなしていない。そこに韓国の航空機が事故を起こしやすい原因があるんです。儒教国である中国・マレーシアも危険です。
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