岡田宮

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岡田宮

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岡田宮

古事記では岡田宮。
日本書紀では岡水門と同じか近い意味がある。

物語・由来

岡田宮は現在の福岡県北九州市八幡西区黒崎地区の岡田神社とされます。一方、岡水門は福岡県遠賀郡の川の河口。ちなみに岡水門は岡湊神社(オカミナトジンジャ)の場所とされ、この岡湊神社に祀られている神が「大倉主と菟夫羅媛」です。これは神功皇后の時代にこの2柱の神は登場します。

こうして神功皇后の時代に登場するということは、この岡田宮のあたりは交通の要衝だったと考えるべきでしょう。しかも「船の交通」という意味です。神武天皇は船で移動していますから。
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古事記からの引用

アシヒトツアガリ宮で食事
豊の国の宇沙に着いたとき、宇沙の住民の宇沙都比古(ウサツヒコ)・宇沙都比売(ウサツヒメ)が足一騰宮(アシヒトツアガリノミヤ)を作って大御饗(=食事)を献上しました。

その土地…宇沙から出発して、筑紫の岡田宮に着いて、一年滞在しました。

筑紫の岡田宮を出発して、
安芸国の多祁理宮(タケリノミヤ)に着いて
七年滞在しました。

日本書紀から引用

太歳甲寅11月〜戊午年春3月
太歳甲寅11月
11月の9日に神武天皇は筑紫国(ツクシノクニ)の岡水門(オカノミナト=福岡県遠賀郡の遠賀川河口)に到着しました。
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