贄持之子・苞苴擔之子(ニヘモツノコ)

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ニヘモツノコ

漢字・読み贄持之子・苞苴擔之子
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贄持之子・苞苴擔之子(ニヘモツノコ)

古事記では贄持之子(ニヘモツノコ)。
日本書紀では「苞苴擔之子(ニエモツノコ)」。

神武天皇一行はヤタガラスに導かれて、熊野を越え、吉野川に差し掛かります。その吉野川で魚を取っていた人物がいました。その人物の名前が「贄持之子(ニヘモツノコ)」です。
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ニヘモツノコの正体

「ニエ」はお供え物、神への捧げ物のこと。生贄の「贄」。ニヘモチノコというのは、別の言い方では「巫女」「神官」という意味でしょう。鵜飼をして魚を取っていた人物が、「神に捧げ物をする」という意味の名前を持っているということは、この魚は「神への捧げ物」として捕らえていた、ということになります。人が食べるものではない。どうして魚を捧げるのか。捧げる相手…神は、どんな神か。素直に考えて、神は水の神です。

水の神であるという証拠は別にもあります。
吉野で出会った別の神…イヒカは確実に泉の神…水神です。
吉野で出会ったもう1柱の神、石押分之子(イワオシワクノコ)も、水神の可能性があります。

国津神であると同時に「人」です。
あくまで人間です。
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古事記からの引用

吉野川の鵜飼
そこには筌(ウエ)を作って魚を取る人がいました。
天津神の皇子が「あなたは誰ですか?」と聞くと
「私は国津神です。
名前は贄持之子(ニヘモツノコ)といいます」
と答えました。

ニヘモツノコは阿陀(アダ)の鵜飼の祖先です。

日本書紀から引用

秋八月甲午朔乙未(三)吉野の先住民
吉野川に沿って西に進んで行きました。
すると梁(ヤナ=魚を捕る罠)を作って魚を捕る人が居ました。

梁は揶奈(ヤナ)と読みます。
天皇は聞きました。
その人は答えました。
「わたしは苞苴擔(ニエモツ)の子です」

苞苴擔は珥倍毛菟(ニエモツ)と読みます。
この人物は阿太養鸕(アダノウカイ)などの始祖です。
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