高佐士野(タカサジノ)

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高佐士野

漢字・読みタカサジノ
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高佐士野(タカサジノ)

高佐士野(タカサジノ)は古事記で登場する地名。
古事記で神武天皇の皇后となるイスケヨリヒメ神武天皇が出会う土地。
鳥取県西伯郡伯耆町の「越敷野(コシキノ)」に比定されているらしい。
それはつまりイスケヨリヒメが伯耆国と関係しているということになる。

物語・由来

古事記の中で神武天皇が即位した後、高佐士野(タカサジノ)に行くと、そこに7人の少女がいました。その少女の先頭にいた、一番年上の少女がイスケヨリヒメでした。イスケヨリヒメは神武天皇の皇后となり、日子八井命(ヒコヤイノミコト)、 神八井耳命(カムヤイミミミコト)、 神沼河耳命(カムヌナカハミミミコト)が生まれます。
●ただし、日子八井命(ヒコヤイノミコト)は日本書紀には見られない。

出雲方面との繋がり
イスケヨリヒメは古事記の名前。日本書紀で同じ立場の人物は媛蹈韛五十鈴媛命(ヒメタタライスズヒメノミコト)です。どちらにしても、出雲(というか山陰ね)との強い関係が見られます。イスケヨリヒメの父親は大物主。大物主は三輪山の神で、三輪山は大和ではあるのですが大物主は出雲のオオクニヌシと同一神です。日本書紀の場合は媛蹈韛五十鈴媛命(ヒメタタライスズヒメノミコト)の父親は事代主。事代主はオオクニヌシの子供です。
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解説

高佐士野(タカサジノ)が仮に、鳥取県だとするならば、神武天皇は鳥取にわざわざ嫁を探しに行ったことになります。もう「伯耆国で」ガッツリ嫁を貰いに行ったと考えていいでしょう。出雲と関わりの深い皇后と、伯耆国で出会う。大和朝廷には強い、出雲周辺の意図が関わっていると考えた方がいいでしょう。

個人的には出雲→伯耆→大和という「交易ルートがあった」ってことの繁栄ではないかなぁと。

古事記からの引用

イスケヨリヒメと7人の少女
七媛女(ナナヲトメ=7人の少女)が、高佐士野(タカサジノ)に遊びにいきました。
その7人の少女の仲に伊須気余理比売(イスケヨリヒメ)がいました。
そのとき大久米命(オオクメ命)が伊須気余理比売(イスケヨリヒメ)を見て、歌で神武天皇に申し上げました。
「大和の高佐士野を行く、7人の少女たちよ
誰を妻にしようか」
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