堺原宮(サカヒハラノミヤ)

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堺原宮

漢字・読みサカヒハラノミヤ
別名境原宮(サカイハラノミヤ)
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堺原宮・境原宮(サカヒハラノミヤ)

堺原宮(サカヒハラノミヤ)は孝元天皇(8代)が執務をした宮。
記述
古事記では軽の堺原宮(サカヒハラノミヤ)。
日本書紀では軽の境原宮(サカイハラノミヤ)。
比定地
奈良県橿原市見瀬町の牟佐坐神社(ムサニマスジンジャ)が堺原宮(サカヒハラノミヤ)の伝承地。ちなみに牟佐坐神社は「天武天皇(二十八)事代主神と生霊神と村屋神の神託」に登場する「身狭社(ムサノヤシロ)」とも言われています。まぁ、そうなんでしょう。

となると古代の天皇の宮であり、なおかつ、天武天皇の時代にも天皇を補佐する神として登場するわけです。本当でしょうか。仮に、本当だとすると天武天皇は「孝元天皇の権威を借りた」という側面があるのかもしれないです。うーん。考えにくいな。ただ、古事記・日本書紀の編纂を命じたのが天武天皇ですから、皇統の意義を高めるために意図的な細工がないとも言えないです。
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引用

古事記からの引用
孝元天皇と妻、その子供たち
大倭根子日子国玖琉命(オホヤマトネコヒコクニクルノミコト=孝元天皇)は軽の堺原宮(サカヒハラノミヤ)で天下を治めました。

日本書紀からの引用
孝元天皇(日本書紀)
即位4年春3月11日。都を軽(カル)の土地に移しました。境原宮(サカイハラノミヤ)といいます。
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