八坂之入日子命(ヤサカノイリヒコノミコト)

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八坂之入日子命

漢字・読みヤサカノイリヒコノミコト
別名八坂入彦命(ヤサカノイリヒコノミコト)
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八坂之入日子命(ヤサカノイリヒコノミコト)

八坂之入日子命(ヤサカノイリヒコノミコト)は古事記に登場する人物。
皇族。
男性。
母親は尾張の意富阿麻比売(オオアマヒメ=日本書紀では尾張大海媛)。父親は崇神天皇(10代)。名前が登場するだけで、活躍はないが、娘の八尺之入日売命が景行天皇(13代)に嫁ぎ、成務天皇などを生んでいる。ただし成務天皇(14代)の子供の「和訶奴気王(ワカヌケ)」は天皇になっていない。
記述
古事記では八坂之入日子命(ヤサカノイリヒコノミコト)。
日本書紀では八坂入彦命(ヤサカノイリヒコノミコト)。
でほぼ同じ。
名前から考える
八坂は多くの坂。坂は国境にあるもので、坂があるということは、山があるということ。山に穀物神が住んでいて、その神が里にやってきて作物ができると考えていた古代人にとっては八坂之入日子命は穀物神のことか。それとも、山に沈む太陽の神か。
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出自と子孫

古事記によると
崇神天皇御真木入日子印恵命
意富阿麻比売(オオアマヒメ)…尾張連の祖先
大入杵命(オオイリキノミコト)…能登臣の祖先
八坂之入日子命(ヤサカノイリヒコノミコト)…娘の八尺之入日売命が景行天皇の妃に
沼名木之入日売命(ヌナキノイリヒメノミコト)
十市之入日売命(トオチノイリヒメノミコト)


日本書紀によると
崇神天皇…御間城入彦五十瓊殖天皇
尾張大海媛(オワリノオオアマヒメ)
八坂入彦命(ヤサカノヒリヒコノミコト)…娘に弟媛・八坂入媛。どちらも景行天皇の妃。
淳名城入姫命(ヌナキノイリヒメノミコト)…倭大国魂を祀るが髪が抜け落ちる
十市瓊入姫命(トオチニイリヒメノミコト)
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古事記からの引用

祟神天皇の后妃と御子
尾張連の祖先の意富阿麻比売(オオアマヒメ)を娶って産んだ子供が
大入杵命(オオイリキノミコト)
八坂之入日子命(ヤサカノイリヒコノミコト)
沼名木之入日売命(ヌナキノイリヒメノミコト)
十市之入日売命(トオチノイリヒメノミコト)
です。

景行天皇の皇后と皇子
また八尺入日命(ヤサカノイリヒコ)の娘の八尺之入日売命(ヤサカノイリヒメ)を娶って生んだ子供が
若帯日子命(ワカタラシヒコ)
五百木之入日子命(イホキノイリヒコ)
押別命(オシワケ)
五百木之入日売命(イホキノイリヒメ)
です。

日本書紀からの引用

崇神天皇(二)崇神天皇の皇后と妃とその子供たち(日本書紀)
次の妃の尾張大海媛(オワリノオオアマヒメ)は八坂入彦命(ヤサカノヒリヒコノミコト)・淳名城入姫命(ヌナキノイリヒメノミコト)・十市瓊入姫命(トオチニイリヒメノミコト)を生みました。

景行天皇(四)弟媛は鯉の遊戯に誘われて
即位4年春2月11日。
天皇は美濃に行きました。
左右(モトコ=側近)が言いました。
「この国に佳人(カオヨキオミナ=美人)が居ます。弟媛(オトヒメ)といいます。容姿(カオ)は端正(キラギラ)しいです。八坂入彦皇子(ヤサカノイリビコノミコ=崇神天皇の息子)の娘です」
天皇は(弟媛を)得て妃にしたいと思って、弟媛の家へと行きました。
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