沼名木之入日売命(ヌナキノイリヒメノミコト)

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沼名木之入日売

漢字・読みヌナキノイリヒメノミコト
別名淳名城入姫命(ヌナキノイリヒメノミコト)
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沼名木之入日売命(ヌナキノイリヒメノミコト)

沼名木之入日売命(ヌナキノイリヒメノミコト)は古事記に登場する人物。
崇神天皇(10代)の皇女。
皇族。
日本書紀では同じ立場で淳名城入姫命(ヌナキノイリヒメノミコト)が見られる。
子孫は見られない。

記述
古事記では沼名木之入日売命(ヌナキノイリヒメノミコト
日本書紀では淳名城入姫命(ヌナキノイリヒメノミコト)・渟名城稚姫命(ヌナキワカヒメノミコト)

活動
古事記では活動の記述はない。
日本書紀は淳名城入姫命が日本大国魂神(ヤマトオオクニタマノカミ)・大倭大神(ヤマトオオカミ)を祀り、失敗している。
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日本大国魂神・大倭大神の祭祀の失敗

この神を祀って失敗する物語は二種挙げられている。一つは崇神天皇(10代)のところで「本文」として、もう一つは垂仁天皇(11代)の時代に異説として。登場する巫女の名前も似ているけども少し違う。最初の「日本大国魂神」を祀ったのは「淳名城入姫命(ヌナキノイリヒメノミコト)」。異説で「大倭大神」を祀ったのは「渟名城稚姫命(ヌナキワカヒメノミコト)」。神の名前も違い、巫女の名前も微妙に違う。ただ日本書紀ではこういう、ちょっとした記述の違いは多いので、多少は違っていても同じ神話だろうと思う。この微妙な違いは「口伝として伝わった家が違ったから」だろうと思います。

で、祀るのに失敗した結果、神はどうなったのかというと、崇神天皇の本文では「市磯長尾市(イチシノナガオチ)」が、垂仁天皇の異説では「大倭直の祖の長尾市宿禰(ナガオチノスクネ)」が祀ることになります。要は結末は一緒なわけです。
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物語の意味

日本大国魂神と天照大神はそもそも天皇の宮の中で祀られていた。当時は天皇と神は「同じところで生活していた」。同じところで寝て、同じところで食べていた。人間と神が「同じくらい」という考えから、神は人より「偉い」ものへとなっていく現在のような祀り方に変わっていく。その過程が崇神天皇・垂仁天皇の時代にあった。これは当時としてはかなり「変革」だったはずです。

おそらく、この時代に神を祀るのは特定の代々の氏族であるということになったのでしょう。それで皇女の淳名城入姫命が祀っても失敗する。なぜなら、淳名城入姫命は倭大国魂の子孫ではないから。淳名城入姫命は皇族で天照大神の子孫だから倭大国魂を祀っても失敗する。逆に天照大神を皇族の倭姫に祀らせてうまくいく。

出自

古事記によると
崇神天皇…御真木入日子印恵命
意富阿麻比売(オオアマヒメ)…尾張連の祖先
大入杵命(オオイリキノミコト)…能登臣の祖先
八坂之入日子命(ヤサカノイリヒコノミコト)
沼名木之入日売命(ヌナキノイリヒメノミコト)
十市之入日売命(トオチノイリヒメノミコト)


日本書紀によると
崇神天皇…御間城入彦五十瓊殖天皇
尾張大海媛(オワリノオオアマヒメ)
八坂入彦命(ヤサカノヒリヒコノミコト)…娘に弟媛・八坂入媛。どちらも景行天皇の妃。
淳名城入姫命(ヌナキノイリヒメノミコト)…倭大国魂を祀るが髪が抜け落ちる
十市瓊入姫命(トオチニイリヒメノミコト)

古事記からの引用

祟神天皇の后妃と御子
尾張連の祖先の意富阿麻比売(オオアマヒメ)を娶って産んだ子供が
大入杵命(オオイリキノミコト)
八坂之入日子命(ヤサカノイリヒコノミコト)
沼名木之入日売命(ヌナキノイリヒメノミコト)
十市之入日売命(トオチノイリヒメノミコト)
です。

日本書紀からの引用

崇神天皇(二)崇神天皇の皇后と妃とその子供たち(日本書紀)
次の妃の尾張大海媛(オワリノオオアマヒメ)は八坂入彦命(ヤサカノヒリヒコノミコト)・淳名城入姫命(ヌナキノイリヒメノミコト)・十市瓊入姫命(トオチニイリヒメノミコト)を生みました。

崇神天皇(四)疫病で国民の半数が死亡(日本書紀)
日本大国魂神(ヤマトオオクニタマノカミ)は渟名城入姫(ヌナキノイリヒメ=崇神天皇の娘)を付けて祀りました。しかし渟名城入姫は髪が抜け落ちて祀ることが出来ませんでした。

垂仁天皇(十六)もう一つの天照大神の祭祀物語
天皇はその言葉を聞いて、すぐに中臣連(ナカトミノムラジ)の祖の探湯主(クカヌシ)に言って、誰に大倭大神(ヤマトオオカミ)を祀らせるべきか?を占わせました。渟名城稚姫命(ヌナキワカヒメノミコト)が占いに出ました。そこでこの姫に神地(カムドコロ)を穴磯邑(アナシノムラ=大和国城下郡・現在の奈良県桜井市穴師)に定めて、大市(オオチ=大和国城上郡大市郷・現在の奈良県桜井市芝)の長岡岬(ナガオカノサキ=巻向山の尾崎か?)を祀りました。しかしこの渟名城稚姫命(ヌナキワカヒメノミコト)は身体が病み弱り、神を祀ることはできない状態となりました。そこで、大倭直(ヤマトノアタイ)の祖の長尾市宿禰(ナガオチノスクネ)に命じて祀らせました。
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