韓国では民族主義が国を支えている…公と孝について

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韓国では民族主義が国を支えている…公と孝について

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韓国では民族主義が国を支えている…公と孝について

まとめ
●日本人には「公」の意識がある。
●公とは自分ではなく、友人や仲間や家族といった知人でもなく、それ以外の目線。社会からどう見られるか?という意識のこと。
●日本人がルールを守るのは公の意識があるから。
●公が国家を支えている。
●韓国や中国にはこの「公」がない。
●公の代わりに「孝」を利用して国家を維持している。
●ここでの孝とは「民族主義」。
●反日のときに民族主義が刺激され、結果、国家を意識する。
●反日が韓国では国家を意識し、団結しやすい。
●韓国の大統領が支持率が下がると反日をするのはそういう意味もある。
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公の意識

さて、日本人には「公」の意識があります。
公共意識です。
分かりやすくいうと「世間」とか「社会」とか「世の中」です。

まず、自分がありますよね。
自分って大事です。
その自分の周囲に「家族」や「友達」「仲間」がいます。
家族は大事だし、友達や仲間も大事にしますよね。
家族・友達・仲間というのは接する人です。
顔を知っていて、言葉を交わす人たちです。

そして、その外側に「公」があります。
私たちはそれぞれ、家族の一員だし、友達や仲間のグループの一員であると同時に、社会(公)の一員でもあります。社会(公)は顔も知らないですし、接することはありませんが、確実に存在しています。そういう顔のない、会うこともないけども社会を構成している人を私たちは「感じて」います。
公の目線がある
公共の場では騒いではいけないし、公共の場にゴミをポイ捨てしてはいけません。一回もしたことないかどうかではなくて、世の中の常識として、公共ではやっちゃいけないことがあったり、公との関わりに関して、こうこうするべきだとか、これこれしちゃいけませんよ、という共通のルールがあるんですね。社会に迷惑をかけてはいけません。軽い気持ちで路上駐車して、それで消防車や救急車が通れなくなり大変な悲劇を引き起こすかもしれません。公共にはルールがあり、そのルールを守らないといけない。でないと誰かを困らせてしまう。それが完璧に出来ているかどうかではなく、そうあるべきだと思っている。それはこういう言い方もできます。
私たちは「公」の目線を持っているってことです。

自分の立場で考える。
相手(友達・仲間)の立場で考える。
そこにもう一つ「公の立場で考える」というのがあるんです。
公の意識が社会秩序を作る
それが、日本人が震災があろうともルールを守る動機になります。
日本人には当たり前なんです。
他者に迷惑をかけちゃいけないし、世の中に役に立つようになるべきだと日本人は思っている。

この「公」という意識が中国や韓国にはないんです。
これは中国や韓国が「おかしい」のではなくて、そういう文化なんですね。日本人が異常なほどに「公」の意識を持っているくらいなんですが、それに関してはここでは割愛しましょう。
●欧米などの他の文化圏では「公」を支えているのは「神」。彼らは神の目線を持っています。
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韓国には公の意識がない…どうやって国を維持するか

公が国を支えている
日本人はその「公」を通じて「国」を意識しています。
日本人は公を共有することで国を形成していると言っていいでしょう。
公のもの…例えば道路はみんなのものです。みんなが使う。そういう社会のインフラは政府が整備する。政府が整備し、様々な公的サービスを提供するから、私たちは税を納めるし、選挙に行って国(公)の方針を決めようとする。そして、みんな(公)で決めた法を守る。日本人にとって国は支配者ではありません。偉いから政治家だ!とは思っていませんし、公務員も偉いから公務員だとは思っていません。彼らのことを権力者ではなく、「そう言う立場の人」くらいに思っています。私たちは「公」を通じて、国を共有し、国を支えているという感覚を持っているわけです。
国を維持するものは?
では、「公」のない中国や韓国はどうやって国を形成しているのか?ってことになりますよね。
例えば、中国や韓国ってゴミをポイ捨てするでしょう。まぁ、日本人だってポイ捨てする人はいるんです。でも、日本ではそれは恥ずかしいことです。ポイ捨てする人は社会人(公の人)として失格で、ダメであるという雰囲気があるんですね。だから、やっぱりアチラに比べるとポイ捨ては少ないんです。そういう「公」が中国や韓国ははないので、ゴミを平気で捨てる。でも、ゴミくらいは大した問題じゃないですよね。ゴミは政府や自治体が清掃業者を雇えば済む話です。むしろ雇用が増えていいなんてことを言う人もいるかもしれない。

問題は「法」です。
中国や韓国は「公」の意識がないので、法を守れないんです。
日本人は自然に「公」の意識を持って社会を見ているので、「公」の意識がない人たちが国家を運営できるわけがない!くらいに思っています。公の意識がない状態を想像できない。だから、中国や韓国に「公」の意識がないなんて失礼じゃないかという人もいるでしょう。でも、ないものはない。

でも、無いでは国が成立しない。
そこで中韓では「公」の代わりに「孝」を利用しました。
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孝と国家

孝というのは、親孝行というように、目上の人に優しく接して敬うことだ!!くらいにしか、日本人は思っていませんがもっと深いものです。儒教では、個人は父から生まれ、父は祖父から生まれているだけではなく、祖父も父も個人も「同一体」となります。もちろん、個人の子や孫も、同一体です。だから先祖も子孫も他人どころが自分自身なのです。これだけだと単なる先祖崇拝ですが、中国や韓国の人たちはこれを押し広げて、「民族主義」を作り上げました。まぁ、元をたどれば、みんなどこかで繋がっているわけですから、みんなが他人じゃない。そうして同じ民族(血=孝)で一致団結していくことで「公」の代わりをするようにしました。つまり、韓国と中国は「民族主義」が国家を支えているわけです。
●民族主義とは、自分の民族であることが政治・経済・文化などの主体だと考えること。


中国はウィグルやチベットを殺したり、入植して文化を壊しても罪悪感を抱かない。そこには民族主義…漢民族至上主義というべきものがあるからです。韓国もとにかく日本人を馬鹿にしたい。とにかく上から目線で交渉する。ひっくり返すと、そうでないと国が維持できないのです。なぜなら民族主義が国を支えているのだから。

変な話ですが、彼らが最も「国」というか「公」を意識する瞬間が「反日」なんです。反日を意識するとき民族主義(孝)が刺激され、国家(公)を意識する。韓国では「ウリとナリ」という感覚があります。仲間(ウリ)と仲間以外(ナリ)のものがあり、仲間(ウリ)は大事にするが、それ以外は大切にしない。ここに韓国の「贈収賄文化」の根本があります。やっぱり「公」がないんですね。そんな彼らでも反日の時は「国家」を意識する。国家を意識し、団結する。だから韓国の大統領は支持率が下がると反日をする。奇妙なことに反日が国家を支えている。そんな言い方もできるんです。

ただし中国は「俺は世界一だ、すごいんだぞ」という自負があるので、反日は絶対条件ではないんです。そこまでしなくてもいい。でも、韓国は反日を欠かせない。反日を失ったら、国が保てない。そういう事情を知った上でニュースを見ると面白いと思いますよ。
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