酒折池(サカオリノイケ)

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酒折池

投稿日時:2017-05-04 11:48:56
漢字・読みサカオリノイケ
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酒折池(サカオリノイケ)

酒折池(サカオリノイケ)は古事記に登場する池の名前。
灌漑・農業水のため池とされる。
比定地はない。
依網池が最古のため池とされるのに対して、酒折池は二番目。日本書紀では三番目の池であるせいか、注目されていないみたいです。ネットの記事も少ないですね。

古事記には「軽の酒折池」と記述があるので、池があった場所は奈良県橿原市大軽町付近だろうと思うのですが、日本書紀の「酒折池」と対応するであろう「反折池(サカオリノイケ)」は、前後の文章を考えると、河内の狭山(サヤマ=大阪府南河内郡狭山町)のあたりにあったと考えないとおかしい。ちょっと矛盾していますね。

ところでヤマトタケルが東国遠征に行った際に甲斐国で「酒折宮」という場所で老人と出会うシーンがあるのです。酒折は珍しい地名でなく、そこいら中にある地名なのか、共通の名詞だったのではないかなと。

それで古事記や日本書紀が編纂される頃には混乱があったのかもしれないし、すでに場所がハッキリしていなかったのかもしれない。
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名前から考える

酒折の酒は「坂」だと思います。
オリは具体的にはわかりませんが、サカオリは要は「坂の途中にある」という意味ではないでしょうか。池を坂の途中に作ることで、広い範囲に水を行き渡らせた。現在のアパートの給水タンクのようなものではないかと。古代では山を神聖視していて、宮も坂の途中に作った。そういう意味で「オリ」は「祈り」でもあるし「降り」でもあった。するとそこは酒折宮になる。酒折と呼ばれた土地・池は複数あったのではないでしょうか。これはあくまで個人の意見です。

引用

古事記からの引用
初国知らしし御真木天皇
この祟神天皇の時代に灌漑のための溜池である依網池(ヨサミノイケ)と酒折池(サカオリノイケ)を作りました。


日本書紀からの引用
崇神天皇(二十四)依網池・苅坂池・反折池を造る(日本書紀)
崇神天皇即位62年秋7月2日に詔を発しました。
「農業は天下の大きな本(モト)です。民の力を頼りにしているものだ。今の河内の狭山(サヤマ=大阪府南河内郡狭山町)の埴田(ハニタ=粘土質の田)には水が少ない。その国の百姓は農業が出来ない。そこで沢山の池溝(ウナネ=ウナデ=農業用水路)を掘って、民の業(ナリワイ)を広めよう」

冬10月に依網池(ヨサミノイケ=大阪市東住吉区の地域?)を造りました。
11月には苅坂池(カリサカノイケ)・反折池(サカオリノイケ)を造りました。
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