伊賀比売命(イガヒメノミコト)

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伊賀比売命

投稿日時:2017-05-15 12:27:45
漢字・読みイガヒメノミコト
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概要

伊賀比売命(イガヒメノミコト)は古事記に登場する人物。
おそらく女性。
皇族。皇女。
日本書紀では五十日鶴彦命(イカツルヒコノミコト)に当たるが、五十日鶴彦命は「彦」とあるように男性と思われ、性別が違う。
父親は崇神天皇(10代)。
母親は古事記では御真津比売命(ミマツヒメノミコト)。日本書紀では御間城姫(ミマキヒメ)。古事記では御真津比売命の父親は大毘古命だと書いてある。大毘古命孝霊天皇(8代)の皇子で、大活躍する人物。
伊賀比売命の同腹の兄弟は以下にまとめてあります。
異腹の兄弟については御真木入日子印恵命をどうぞ。

子孫に関する記述はない。
記述
古事記では伊賀比売命(イガヒメノミコト)。
日本書紀では五十日鶴彦命(イカツルヒコノミコト)とされるが、どうも性別が違う。
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解説

名前について
伊賀比売命の「伊賀」は普通、土地名の「伊賀」です。ですが、日本書紀の「五十日」が「イカ=伊賀」になっているのを考えると、伊賀という地名そのものが、「強い霊威を持つ太陽神」というニュアンスがあったのではないかと。
古事記と日本書紀で性別が違う、ってことなんですが、もしかすると「彦」は必ずしも「男性」を表す言葉ではなかったのではないかと。

仮に、日本書紀の五十日鶴彦命が男性だとして。
伊賀比売命と五十日鶴彦命は太陽神の変遷なのかもしれないです。
日本では皇祖が女神のアマテラスですが、世界的に見ても太陽神が主神ということは珍しくないんですが、その主神の太陽神が女神というのは珍しいです。太陽神の性別は地域によってブレがあったか、時代でブレたかしたんじゃないでしょうか。例えば、伊賀地域で権力者になった氏族が入れ替わって、祀る神が入れ替わって性別が変わった、とか。
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出自

古事記での
崇神天皇
御真津比売命(ミマツヒメノミコト)…大毘古命(オオビコノミコト)の娘
伊玖米入日子伊沙知命(イクメイリヒコイサチノミコト=垂仁天皇
伊耶能真若命(イザノマワカノミコト)
国片比売命(クニカタヒメノミコト)
千々都久和比売命(チチツクワヒメノミコト)
伊賀比売命(イガヒメノミコト)
倭日子命(ヤマトヒコノミコト)


日本書紀での
崇神天皇
御間城姫(ミマキヒメ)…出自の記述はない
活目入彦五十狹茅天皇(イクメイリヒコイサチノスメラミコト=垂仁天皇
彦五十狹茅命(ヒコイサチノミコト)
国方姫命(クニカタヒメノミコト)
千々衝倭姫命(チチツクヤマトヒメノミコト)
倭彦命(ヤマトヒコノミコト)
五十日鶴彦命(イカツルヒコノミコト)

引用

古事記からの引用
祟神天皇の后妃と御子2
祟神天皇は、孝元天皇の息子の大毘古命(オオビコノミコト)の娘である御真津比売命(ミマツヒメノミコト)を娶り、
伊玖米入日子伊沙知命(イクメイリヒコイサチノミコト)
伊耶能真若命(イザノマワカノミコト)
国片比売命(クニカタヒメノミコト)
千々都久和比売命(チチツクワヒメノミコト)
伊賀比売命(イガヒメノミコト)
倭日子命(ヤマトヒコノミコト)
の6柱を産みました。

日本書紀からの引用
崇神天皇(二)崇神天皇の皇后と妃とその子供たち(日本書紀)
2月16日。御間城姫(ミマキヒメ)を皇后としました。これより先に…(皇后になる以前に)、后は活目入彦五十狹茅天皇(イクメイリヒコイサチノスメラミコト=垂仁天皇)・彦五十狹茅命(ヒコイサチノミコト)・国方姫命(クニカタヒメノミコト)・千々衝倭姫命(チチツクヤマトヒメノミコト)・倭彦命(ヤマトヒコノミコト)・五十日鶴彦命(イカツルヒコノミコト)を生みました。
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