沙本

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沙本

投稿日時:2017-06-30 22:18:22
別名狹穗・佐保・耶本
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沙本・狹穗・佐保・耶本

現在の奈良県佐保川が流れるあたりの土地のこと。現在も奈良県奈良市佐保川町という地名がある。古代での沙本が具体的にどこからどこまでという範囲は分からない。
日本書紀では「狹穗」と表記される。

古事記での沙本

沙本に関わる人物として、沙本之大闇見戸売(オオクラミトメ)、沙本毘古王(サホビコ王)、沙本毘売命(サホビメノミコト)、沙本之穴太部之別(アナホベノワケ)など。
このうち、沙本毘古王(サホビコ王)、沙本毘売命(サホビメノミコト)は沙本之大闇見戸売(オオクラミトメ)の子供で、沙本之大闇見戸売(オオクラミトメ)は日子坐王(ヒコイマスミコ)の嫁。
沙本之穴太部之別(アナホベノワケ)は古事記の「垂仁天皇の系譜」によると、
伊許婆夜和気王(イコバヤワケ=垂仁天皇の皇子)は、沙本(サホ)の穴太部之別(アナホベノワケ)の祖先です。

とあります。となると伊許婆夜和気王も当然、沙本の人物であるということです。また別に沙本毘古王沙本毘売命と同腹兄弟である袁耶本王(オザホ王)も沙本の別漢字表記ではないかなと。日本書紀には「小佐保(オサホ)」という表記があり、袁耶本に対応しているのかも。
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日本書紀での狹穗

狹穗に関わる人物として、古事記同様に垂仁天皇時代の狹穗姫(サホビメ)、狹穗彦王(サホビコノミコ)。雄略天皇時代の狹穗子鳥別(サホノコトリワケ)、歯田根命(ハタネノミコト=狹穗彦の玄孫)など。
また「佐保」という文字は武烈天皇の歌に登場します。

武烈天皇(六)葬送の歌
石上(イソノカミ) 布留(フル)を過ぎて 薦枕(コモマクラ) 高橋(タカハシ)過ぎ 物(モノ)多(サワ)に 大宅(オオヤケ)過ぎ 春日(ハルヒ) 春日(カスガ)を過ぎ 妻(ツマ)隠(ゴモ)る 小佐保(オサホ)を過ぎ 玉笥(タマケ)には 飯(イイ)さへ盛り 玉盌(タマモイ)に 水(ミズ)さへ盛り 泣き沾(ソホ)ち行くも 影媛あはれ
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