比婆須比売命(ヒバスヒメ)

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比婆須比売命

投稿日時:2017-07-06 10:56:31
漢字・読みヒバスヒメ
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比婆須比売命(ヒバスヒメ)

比婆須比売命(ヒバスヒメ)は古事記に登場する人物。
古事記では氷羽州比売命とも書かれる。
日本書紀では日葉酢媛(ヒバスヒメ)と書かれる。
女性。
皇族。
垂仁天皇の皇后。
子孫のまとめは「氷羽州比売命」を参考に。
名前について
古代では「音」が大事で、表記は後付けです。表記が違っているから別人ってことではなく、音さえ同じならば「同一」と考えて差し支えないです。

物語・由来

血統
比婆須比売命は開化天皇の曽孫。詳細に書くと、開化天皇の皇子の日子坐王日子坐王息長水頼比売の間の子が丹波比古多々須美知能宇斯王丹波比古多々須美知能宇斯王の子供が比婆須比売命。
比婆須比売命が垂仁天皇の皇后となって景行天皇などを生んでいます。景行天皇ヤマトタケルの父親で、大和朝廷が大きく発展した時代の天皇。比婆須比売命は景行天皇の「強い血統」の一つの根拠になっています。
詳細は「氷羽州比売命」を参考に。
埴輪の始まり
直接は関係ないですが、比婆須比売命の死が最初の古墳に埴輪を設置するケースになっています。
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古事記からの引用

日子坐王の子孫
ヒコイマス王の第七子の美知能宇志王(ミチノウシノミコ)、丹波(タニハ)の河上(カハカミ)の麻須郎女(マスノイラツメ)を娶って産んだ子が、比婆須比売命(ヒバスヒメノミコト)、真砥野比売命(マトノヒメノミコト)、弟比売命(オトヒメノミコト)、朝廷別王(ミカドワケノミコ)。四柱。この朝廷別王は、三川(ミカハ)の穂別(ホノワケ)の祖先です。

ヒバスヒメとオトヒメとウタゴリヒメとマトノヒメ
サホビメが言うとおりに垂仁天皇は美知能宇斯王(ミチノウシノミコ)の娘の、
比婆須比売命(ヒバスヒメ)
弟比売命(オトヒメ)
歌凝比売命(ウタゴリヒメ)
円野比売命(マトノヒメ)
全部で4柱を妻として迎えました。

ところが比婆須比売命(ヒバスヒメ)・弟比売命(オトヒメ)だけを残して、あとのニ柱の妹(=ウタゴリヒメとマトノヒメ)たちは、容姿が悪かったので、故郷に送り返してしまいました。

垂仁天皇の墓
皇后の比婆須比売命(ヒバスヒメノミコト)の時に石の棺をつくる部民を定めました。またそれまで氏族の有力者が亡くなった場合に従者が生き埋めにされていましたが、従者の代わりに埋める土作りの人形(埴輪)を作る土師部を定めました。この比婆須比売命の墓は狭木の寺間陵にあります。
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