肥河

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肥河

投稿日時:2017-07-09 19:34:50
漢字・読みヒノカワ
別名簸の川(ヒノカワ)
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肥河

肥河は古事記に登場する川の名前。
日本書紀では「簸の川(ヒノカワ)」と記述される。
現在の島根県の斐伊川。

古事記

スサノオの降り立った土地
古事記でも日本書紀でも、高天原を追放されて最終的にたどり着いた場所が古事記では「肥河の上流の鳥髪(トリカミ)」、日本書紀では「簸の川の川上にある鳥上之峯(トリカミノミネ)」です。
ヤマタノオロチ退治の舞台
古事記ではスサノオヤマタノオロチを切ると、血が流れまして、その血で肥河が真っ赤になったとあります。
品牟都和気命の出雲行き
垂仁天皇(11代)の皇子の品牟都和気命は言葉が話せませんでした。その原因が出雲の大神の祟りだと分かります。それで出雲へ参拝に行き、その帰りに肥河に仮の宮を立てて滞在します。
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日本書紀

スサノオが降り立った場所1
本文で高天原から追放されたスサノオが降り立った場所が「簸之川の川上」です。
稻田宮主簀狹之八箇耳が出産した場所
古事記ではスサノオが出雲に降り立った時にはすでにクシナダヒメは生まれているんですが、日本書紀の一書ではまだ生まれておらず、簸の川の上流で出産します。
蛇韓鋤之劒(オロチノカラサビノツルギ)がある場所
日本書紀の一書ではスサノオがヤマタノオロチを切った剣が「蛇韓鋤之劒」で、この剣が吉備の神部の元にあり、その「吉備の神部」は「簸川の川上の山」だとあります。
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古事記からの引用

出雲に降りたった
追放されたスサノオは出雲の肥河(ヒノカワ)の上流の鳥髪(トリカミ)という地にやってきました。

刀が欠けてしまう
速須佐之男命(ハヤスサノオノミコト)が身に着けていた十拳剣(トツカノツルギ)を抜いて、その蛇を切り刻みました。
すると肥河(ヒノカワ)が血で染まり、流れていきました。
尾を切っているとき、剣の刃が欠けました。

岐比佐都美(キヒサツミ)とホムチワケ王
肥河(鳥取県の斐伊川)に樔橋(スバシ=皮のついたままの黒い木材を並べた橋)を渡し、仮宮(=旅行先での仮の宮)を作って(ホムチワケが)滞在しました。

ヤマトタケルとイズモタケル
そしてひそかにイチイ(櫟【=木の名前】)で偽者の刀を作り、それを身に着けて、イズモタケルと肥河で水浴びをしました。
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日本書紀からの引用

第八段本文-1あなたたちの娘をわたしに差し出しなさい
スサノオは自ら天から下って、出雲の簸之川(ヒノカワ=肥の川)の川上に降り立ちました。

第八段一書(二)安芸国の可愛川での大蛇との戦い
ある書によると……
スサノオは安芸の国の可愛の川(エノカワ)の川上に天から降りてきました。

稻田宮主簀狹之八箇耳(イナダノミヤヌシスサノヤツミミ)が生んだ子の眞髪觸奇稻田媛(マカミフルクシイナダヒメ)は、出雲の簸の川(ヒノカワ)の川上に引っ越して、長い間養育しました。

第八段一書(三)大蛇の頭には石や松があり、両脇には山があり
名前を草薙剣(クサナギノツルギ)といいます。この剣は、以前はスサノオの元にありましたが、今は尾張国(=愛知県)にあります。そのスサノオがオロチを斬った剣は、現在は吉備の神部(カンベ)の元にあります。出雲の簸川(ヒノカワ)の川上にあるのがその山です。

第八段一書(四)新羅国・曾尸茂梨(ソシモリ)に
そこでスサノオが言いました。
「この土地に、わたしは居たくない」
それで土で船を作って、それに乗って東に渡り、出雲の簸の川(ヒノカワ)の川上にある鳥上之峯(トリカミノミネ)に辿り着きました。
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