アメノワカヒコが生き返った?!

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アメノワカヒコが生き返った?!

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現代語訳

葬式のときに阿遅志貴高日子根神(アジスキタカヒコネ神=大国主の子で下照比売の兄)がやって来ました。
すると高天原来た天若日子(アメノワカヒコ)の父(=天津国玉神【アマツクニタマ神】のこと)と、その妻が泣いて言いました。
「わたしの子は死んでいなかった!」
「わたしの君は死んでいなかった!」
と、阿遅志貴高日子根神(アジスキタカヒコネ神)の手足にすがって嘆き悲しみました。父と妻が天若日子(アメノワカヒコ)と阿遅志貴高日子根神(アジスキタカヒコネ神)の2柱を間違ったのは、この2柱がとても似ていたからです。
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解説

今更ですが、アメノワカヒコは「天若日子」と書きます。天は「高天原」で「若」は美称、「日子」は日の子で、そもそもは太陽神とされます。これに対してアジスキタカヒコネは農具の「鋤(スキ)」を表す農耕神。この両者が似ていることから、二柱は「同一神」だった?と言われています。

また、ワカヒコが死に、タカヒコネと間違われるという物語は、日本の穀物神の死と再生を表しているとされます。穀物神の死と再生ってなによ??と思いましたか?
穀物神の死と再生
日本の農業に対する世界観・宗教観は一種独特です。まず新年に新しい神を呼び寄せ、その神が田畑の穀物に宿り、育てて、秋になると稔(みの)って、収穫。冬になると田畑は枯れ、宿っていた神は死んだり、山や海の向こうといった神の国(=異世界)へと帰って行きます。田畑というよりは「水田」ですね。この1サイクルを「稔(ミノル=音読みでネン)」とし、現在では「1年」と呼ばれます。
日本人は神を降ろす
新年に飾る門松や松には「年神」という穀物神をおろす「依り代(ヨリシロ)」です。年神は「オオトシ神」だったり「ミトシ神(オトシ神)」です。毎年この年神を降ろすのは「新しい神」で、昨年の古い年神より新しい神のほうが「若々しく、みずみずしく、強い神」なのです。このサイクルを表現したというのがこの、ワカヒコとタカヒコネの取り違えだというわけです。
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個人的コラム

この取り違えに関しては、同一人物だっと仮定してみると。オオクニヌシの息子がアメノワカヒコとなり、出雲と高天原が絡まる点となります。オオクニヌシの別の息子「コトシロヌシ」は、国譲りの後に何人もの娘を初期の天皇に嫁がせています。出雲と高天原は別々の存在ではなく、王朝の交代程度の違いしかないんじゃないかと、個人的に思います。

原文

此の時、阿遅志貴高日子根神到て、天若日子の喪を弔ひたまふ時に、天より降り到つる天若日子の父、亦其の妻、皆哭きて云ひけらく、「我が子は死なずて有り祁理。我が君は死なずて坐し祁理。」と云ひて、手足に取り懸りて哭き悲しみき。其の過ちし所以は、此の二柱の神の容姿、甚能く相似たり。故是を以ちて過ちき。
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