息子ニニギを地上に

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息子ニニギを地上に

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現代語訳

ところが、太子(=世継ぎ)の正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命(マサカツアカツカチハヤヒアメノオシホミミ命)は答えました。

「わたしが地上に降りようと身支度をしていたら、
子供が生まれました。

名前は
天邇岐志国邇岐志天津日高日子番能邇邇芸命(アメニキシクニニキシアマツヒコヒコホノニニギ命)です。

この子を地上に使わすと良いでしょう」
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性格・能力

天邇岐志国邇岐志天津日高日子番能邇邇芸命…長い!!
アメニキシクニキシアマツヒコヒコホノニニギ命の「ニキシ」とか「ニニギ」というのは、森山良子の言うところの「ざわわ」みたいなもので、「豊かに稔る」という意味です。
「天邇岐志」は天が賑わい、「国邇岐志」は国が賑わい、という意味。「天津日高日子」は「天津神」の「男」。「番能邇邇芸」は「穂がニギニギ(賑々)しく稔る」という意味合い。
名前は穀物神を表しています
アメノオシホミミも穀物を表していますが、名前全体は「勝利」を表す名前です。ソレに対してニニギの名前は、とにかく国が繁栄するという意味合い。日本に降るにふさわしい名前です。

なぜニニギが降りるのか?
アメノオシホミミが降るのではなく、なぜ今更ニニギが降ることになったのか? アメノホヒ(3年)・アメノワカヒコ(8年)・タケミカヅチと手間が掛かったのでしょうがないですが、生まれたばかりの幼いニニギを降臨させたのは何故でしょうか????

当時の政治状況の表れとする意見があります。当時は藤原不比等が権力を持ち、持統天皇の時代。持統天皇の子、草壁皇子が死んでしまったのです。ルールで言うと、持統天皇の次は彼らの家系とは違う皇子が点のうなるのが筋ですが、ここでルールを無視して持統天皇の孫、文武天皇が継ぎます。この理由付けとして、アメノオシホミミを飛ばしてニニギが天孫降臨したのではないか?という理屈です。

しかし
でも日本には「子供」「幼い」「かわいい」ものがより強い魔力を持つという考えがあります。
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原文

爾に其の太子正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命、答へ白したまひけらく、「僕は降らむ装束しつる間に、子生れ出でつ。名は天邇岐志国邇岐志天津日高日子番能邇邇芸命ぞ。此の子を降すべし。」とまをしたまひき。
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