ニニギ、筑紫の日向に降臨

MENU
TOP>ニニギ編>ニニギ、筑紫の日向に降臨

ニニギ、筑紫の日向に降臨

TWEET Facebook はてブ Google+ Pocket

物語・由来

天津神達は天津日子番能邇邇芸命(アマツヒコホノニニギ命)に降臨するよう命じました。

ニニギは天の石位(=高天原で座っていた場所)を離れて、天の八重多那雲(=空の幾重にもたなびく雲)を押し分けて、その激しい神の力で道を掻き分け、天浮橋から浮島に降り立ち、筑紫の日向の高千穂の降臨しました。
Pre<<<  >>>Next 
スポンサードリンク

解説

これまでの事情を淡々と説明するだけの文章が、ここでは非常に情感豊かというか、迫力ある文章になっています。ニニギ高天原の神座を蹴っ飛ばし飛んで、雲を掻き分けて、地上へと降り立ちます。道を掻き分けるというのが、どうもピンと来ませんが、サルタヒコが辻に立っていたという件を読むと、古代の人は天と地の間には「道」があるという考えがあったのかもしれません。もしくは天というのは私たちが思うような雲の上という意味ではなくて、高い山の頂上付近のような……空中庭園とかマチュピチュといった光景を思い描いたのかもしれません。

さて、というわけで筑紫の日向に降臨します。
いままで出雲とか大和を中心に話が進んでいたのに、なぜ今になって九州の日向なんでしょうか??
日向・高千穂は比喩かもしれない
日向は太陽が向かうという程度の意味合いで、高千穂は稲が高く育ち稔るさまを表すだけで、決まった地名ではない、という見方もあります。
スポンサードリンク

原文

故爾に天津日子番能邇邇芸命に詔りたまひて、天の石位を離れ、天の八重多那雲を押し分けて、伊都能知和岐知和岐弖、天の浮橋に宇岐士摩理、蘇理多多斯弖、竺紫の日向の高千穂の久士布流多気に天降りまさしめき。
Pre<<<  >>>Next 
スポンサードリンク

SNSボタン

TWEET Facebook はてブ Google+ Pocket

ページ一覧

編集