ホデリ命の子孫の隼人

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ホデリ命の子孫の隼人

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現代語訳

火遠理命(ホオリ命)は海神の教えどおり、呪文を唱えながら、釣り針を兄ホデリ命に返しました。

するとそれから、兄の火照命(ホデリ命)はだんだん貧しくなっていき、心は荒れて火遠理命(ホオリ命)の元へと攻めて来ました。

攻めようとしたときに、塩盈珠(シオミツタマ)を出して溺れさせました。それから助けを求めてきたので、塩乾珠(シオフルタマ)で救いだし、悩まし苦しめたために、火照命(ホデリ命)は
「わたしはこれより以降、あなた(弟ホオリ命)を昼も夜も守る守護人(マモリビト)となって、仕えましょう」
と言いました。

それから火照命(ホデリ命)の子孫の隼人は、現在でもその溺れた仕草を演じえ仕えているのです。
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解説

結局、隼人は大和朝廷に恭順したのか
ここのページの前半部は「釣り針と呪いの呪文」「水の神の策略による貧困」「塩満珠と塩乾珠」で語られているものとほぼ同じなので、割愛します。ようは海神の言ったとおりにことが運んだ、という意味です。

さて、コノハナサクヤヒメ(カムアタツヒメ=ホオリとホデリの母)は隼人の女神です。この夫婦関係を持って、「隼人への配慮」とする一方で、この海幸彦山幸彦の物語の結末は「溺れた仕草をして仕える」という、かなり屈辱的な内容です。隼人と大和朝廷の関係は、この硬軟のどちらでもあるようです。

隼人は7世紀には大和朝廷の傘下ではあったようですが、その気質か、それとも中央から離れているためか、たびたび反乱を起こします。といっても滋賀県あたりに隼人が移り住むなど、決して征服されたという関係とも違い、天皇や皇子にとっては頼れる部下だったとも。またそれに加えて、その呪術が大和朝廷内部で利用されてもいたことなどから、似たような立場の熊襲(クマソ)が反抗的に描かれるのに対して、かなりイイ感じに描かれています。なんだかんだ言っても、ホオリの兄ホデリを祖神とするわけですから、宮家とは血縁者ですよね。
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原文

是を以ちて備に海神の教へし言の如くして、其の鉤を与へたまひき。故、爾れより以後は、稍兪に貧しくなりて、更に荒き心を起して迫め来ぬ。攻めむとする時は、塩盈珠を出して溺らし、其れ愁ひ請せば、塩乾珠を出して救ひ、如此惚まし苦しめたまひし時に、稽首白しけらく、「僕は今より以後は、汝命の昼夜の守護人と為りて仕へ奉らむ。」とまをしき。故、今に至るまで、其の溺れし時の種種の態、絶えず仕へ奉るなり。
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