盾を取り出して戦いました

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盾を取り出して戦いました

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現代語訳

那賀須泥毘古(ナガスネヒコ)が戦いを挑んできたので、神倭伊波礼毘古命(カムヤマトイワレビコ命)と五瀬命(イツセ命)は船から「盾」を取り出して船から下りて戦いました。その土地を名付けて盾津(=タテツ)といいます。現在は日下の蓼津(タデツ)といいます。
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性格・能力

海戦か陸戦か
「下り立ち」と書いてあるので、兄弟神は「陸」で戦ったよう。これまでの神話を見ると、日本が海に囲まれているためか、海を舞台にしている話がとても多かったです。山幸彦のところではほとんど海でのお話でしたが。

日本の源流はどうやら東南アジア・中国南部から沖縄を経由してやってきた海洋民族のようです。古代の日本は稲作を主とした農耕民族だとばかり思いがちですが、船を利用した海運貿易がかなり盛んだったといわれています。だからこの頃の大和は海戦を得意としていたはず――とすると、この後の対ナガスネヒコの敗戦が理解しやすいです。
日下の盾津(タテツ=蓼津
この盾津は前ページの「登美」と同じく奈良市富雄町のこととされます。
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原文

ここに御船に入れたる楯を取りて下り立ちたまひき。故、其地を号けて楯津といひき。今に日下の蓼津と云ふ。
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