倉の剣を献上しました

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倉の剣を献上しました

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原文

『この刀を降さむ状は、高倉下が倉の頂を穿ちて、それより堕し入れむ。かれ、あさめよく汝取り持ちて、天つ神の御子に献れ』とのりたまひき。かれ、夢の教への如に、旦に己が倉を見れば信に横刀ありき。かれ、この横刀を以ちて、献るのみ」とまをしき。

現代語訳

『この刀を降ろす方法は、タカクラジの倉の屋根に穴を開けて、そこから落とすことにする。

だから、お前(タカクラジ)は朝、目を覚ましたら、剣を取り、天津神の皇子に献上するのだ』と言いました。

そして、夢の教えどおりに、翌朝、倉を見ると剣がありました。
この刀を献上したのです」
タカクラジは言いました。
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解説

夢と剣
タカクラジは夢のお告げを受けて、剣をイワレビコに献上しました。イワレビコ天津神の皇子ではありますが、すでに神の物語ではなく、人が活躍する時代に入っています。イワレビコも神の血を引くとはいえ、事実上の「人間」。オオクニヌシのように死んでも復活するようなことのないのです(たぶん)。イツセ命のように傷を負えば死んでしまうのです。

盾津でナガスネヒコに兄を殺され、熊野の地でオオクマホノカに追い詰められます。地方の氏族を従属・征服するにも一苦労。イワレビコが神武天皇となるためには、高天原の神々の威光が必要です。

それが神のサポートである「剣」であり後の「ヤタガラス」というわけです。

個人的コラム

屋根の穴?
高倉下(タカクラジ)の倉の屋根に穴を開けて、刀を下ろす。
これ、どうしてそんなことになったのでしょう。
神なら、屋根に穴をあける必要ないんじゃないでしょうか。

私は屋根には「穴が空いていた」のではないかと思います。
それは換気口か、他の目的のものです。
つまり、実際に合理的な目的で穴は空いていたのではないかと。

もしくは、当時の屋根は時間とともに、割れ目や隙間ができるのが普通だった?とか。その隙間は今ならば、「木が劣化して」「木が収縮して」と説明されるものが、古代では「神によって」と説明されていた、とか。
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