吉野国巣の祖先

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吉野国巣の祖先

漢字・読みヨシノクズノソセン
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現代語訳

これ(石押分之子)は
吉野国巣(ヨシノノクズ)の祖先です。

そこから坂を踏み越えて行くと
宇陀(ウダ)に到着しました。

そこを宇陀の穿(ウガチ)といいます。
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解説

イワレビコは山を登り、宇陀へとたどり着きます。宇陀は現在の奈良県宇陀郡や宇陀市。グーぐるマップで見てみると分かるように、紀伊半島のめちゃくちゃに山の中。確かナガスネヒコとの戦いに敗れ、兄イツセを失い、南に回って行こうじゃないかということなっての、この熊野行きだったはず。かなりの遠回りです。
参考?那賀須泥毘古との戦い

この段の「踏み穿ち越えて」という表現にある「穿ち」という言葉は「穴を開ける」という意味があります。石押分之子の協力を得ていることを考慮すると、イワレビコは宇陀の山の中にトンネルでも空けたのかもしれません。石押分之子はそういった土木技術を持った氏族の意味合いかもしれません。まぁ妄想ですけどね。
吉野国巣
奈良県吉野郡吉野町の国栖をさしています。
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個人的コラム

国巣
クズと読むので、なんか「バカにした」感じがしますが、「国に住む」の詰まった言葉でもあり、ここでの国は「地面」というざっくりした意味で、「高床式の家に住んでない」程度のことでもあります。

ただ、高床式の家に住んでいない人をバカにしていた可能性はあります。

原文

こは吉野の国巣の祖なり。そこより踏み穿ち越えて、宇陀に幸しき。かれ、宇陀の穿と曰ふ。
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