道臣命と大久米命

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道臣命と大久米命

漢字・読みミチノオミノミコトトオオクメノミコト
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原文

ここに大伴連等の祖道臣命久米直等の祖大久米命の二人、兄宇迦斯を召びて罵詈りて云はく、「いが作り仕へ奉れる大殿の内には、おれ先づ入りて、その仕へ奉らむとする状を明し白せ」といひて、即ち横刀の手上を握り、矛ゆけ矢刺して、追ひ入るる時に、すなはち己が作りし押に打たえて死にき。

現代語訳

大伴連(オオトモノムラジ)の祖先の道臣命(ミチノオミノ命)と久米直(クメノアタイ)の祖先の大久米命(オオクメノ命)の二人が兄宇迦斯(エウカシ)を呼びつけて罵りました。

「あなたが作った御殿の中に
まずあなたが入って、イワレビコに仕える気持ちを示しなさい」
と言い、
すぐに横刀の柄を握り、矛を向け、矢を向けて、追い立てて御殿に追い込みました。

するとエウカシは自分が作った罠に掛かって死んでしまいました。
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解説

大伴連久米直
大伴連の祖先として「道臣命(ミチノオミ命)」が出てきます。大伴氏の祖先としては、天忍日命(アメノオシヒ)がすでに、ニニギの天孫降臨の際に登場しています。ということは道臣命は天忍日命の子孫ということになります。日本書紀によると道臣命は天忍日命の曾孫とされています。

一方、久米直もニニギと一緒に天孫降臨した天津久米命の子孫であり、大久米命(オオクメノ命)も天津久米命の子孫とされます。

これらの話を見ると、天皇という血統に、この2氏族が何度も絡む活躍をしているわけで、物語としてちょっとゾクゾクしますね。

参考:?アメノオシヒ命とアマツクメ命

個人的コラム

日本書紀には「道臣」は、そもそも「日臣」で、神武天皇の道案内をしたヤタガラスの後についていったから道の臣という名前を与えられたとあります。となると道臣は太陽に使える氏族だった…つまり神武天皇たちと立場は一緒だった。それが、改名し、性質を変えてでも神武天皇に仕えた。

後、物語から考えるとヤタガラス日臣に仕える存在だったと考える方が自然かなと。
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