大物主神の祟りは収まる

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大物主神の祟りは収まる

漢字・読みオオモノヌシノタタリハオサマル
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現代文訳

祟神天皇は悦びました。
「これで天下は静まり、国民は栄える」
すぐにオオタタネコを神主として、三輪山にオオミワ大神を奉りました。
またイカガシコオ命に命令して、お皿を作り、天津神国津神の神社に収めました。
また宇陀の墨坂神(スミサカノカミ)に赤い盾と矛を収めました。
また大坂神(オオサカ)に黒い盾と矛を収めました。
また坂の神や河の瀬の神にいたるまで、全てお供えをして祭りました。
これですっかりと疫病は無くなり、国は平和になりました。
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解説

三輪山のオオミワ大神は当然ながら大神神社の大物主神(オオモノヌシ)です。イカガシコオ命は日本書紀によると物部の一人。物部は祭祀に関わる物品を納める役割を名にした氏族です。ヤソビラカのビラカは祭祀に使う平たいお皿のこと。国譲りの「料理人クシヤタマ神」でも登場しています。このくだりを読むと国譲りと祟神天皇の項は似た祭祀によって繋がっているような気もします。


宇陀の墨坂神は宇陀郡榛原町の隅坂神社。大坂神は奈良県北葛城郡香芝町の西の河内への山道の神。この二柱が特別に書かれた理由は、(私には)よく分かりません。単に三輪に近いというだけではなさそう。

オオモノヌシの霊威
国津神天津神、いたるところにある神に収めて祭る頃でオオモノヌシの祟りは収まりました。神は怖い。というだけでなく、これではオオモノヌシが最高神のようです。
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原文

ここに天皇大く歓びて詔りたまはく、「天下平らけく、人民栄えむ」とのりたまひて、即ち意富多々泥古命(オオタタネコ)を以ちて神主として、御諸山(ミモロヤマ)に意富美和之大神(オホミワノオオカミ)の前を拝祭りたまひき。また伊迦賀色許男命(イカガシコオノミコト)に仰せて、天の八十びらかを作り、天神地祇の社を定め奉りたまひき。また宇陀の墨坂神(スミサカノカミ)に赤色の楯矛を祭り、また大坂神(オホサカノカミ)に黒色の楯矛を祭り、また坂の御尾の神また河の瀬の神に、悉(コトゴト)に遺忘(ワス)るることなく幣帛を奉りたまひき。これによりて疫の気悉(コトゴト)に息みて、国家安平くなりき。
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