マトノヒメの死

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マトノヒメの死

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現代文訳

マトノヒメは恥に思い、言いました。
「同じ姉妹の中に不細工だからと故郷に送り返されたことが、近所に知られたら、恥ずかしいことです」

山代の相楽という土地に着いたときに、木の枝で首を吊って死のうとしました。それでその土地を「(ブラ)下がる木」にちなんで「サガリキ」と呼ぶようになり、今は「相楽」と呼んでいます。

そして弟国にたどり着いたときに、マトノヒメは、ついに崖から落ちて死んでしまいました。「落ち国」にちなんで「堕国」と呼んでいましたが、今は「弟国」と呼んでいます。
日本書紀の対応箇所
なし

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解説

姉妹が独りの男性に嫁ぎ、誰かが送り返される…という話は、コノハナサクヤヒメとイワナガヒメがニニギに嫁いで、イワナガヒメが不細工なので送り返されるというストーリーとほぼ同じです。日本の神話の一つのスタイルなんでしょうね。

それはともかく

ここでは4人姉妹が二人返され、途中で首をくくったのはマトノヒメのみ。ウタゴリヒメはどうなったのやら。

ところで、日本書紀では垂仁天皇が丹波道主の娘5人を娶って長女のヒバスヒメ(日葉酢媛)を皇后としたとあります。また末娘の竹野姫が不細工を理由に送り返され、死んでいます。同じ話のはずですが、人数や名前に相違があります。この相違をもってこの話を史実ではなく伝承を考える人は多いです。

参考:ヒバスヒメとオトヒメとウタゴリヒメとマトノヒメ
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原文

ここに円野比売(マトノヒメノ)慚(ハ)ぢて言はく、「同じ兄弟の中に、姿醜きを以ちて還さえし事、隣里に聞えむ、これいと慚づかし」といひて、山代国の相楽に到りし時、樹の枝に取り懸(サガ)りて死なむとしき。かれ、其地を号けて懸木(サガリキ)と謂ひしを、今は相楽(サガラカ)と云ふ。また弟国に到りし時、遂に峻しき淵に堕ちて死にき。かれ、其地を号けて堕国と謂ひしを、今は弟国と云ふなり。
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