多遅摩毛理は悲しみのあまり

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多遅摩毛理は悲しみのあまり

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原文

ここに多遅摩毛理(タジマモリ)・縵四縵(カゲヨカゲ)・矛四矛(ホコヨホコ)を分けて大后に献り、縵四縵・矛四矛を天皇の御陵の戸に献り置きて、その木の実を擎げて叫び哭びて白さく、「常世国(トコヨノクニ)のときじくのかくの木の実を持ちて参上りて侍ふ」とまをして、遂に叫び哭びて死にき。そのときじくのかくの木の実は、これ今の橘(タチバナ)なり。

現代文訳

多遅摩毛理(タジマモリ)は半分の苗を皇后に献上しました。
残り半分の苗を垂仁天皇の墓の入り口に供えて、木の実を捧げ持って、大きな声で泣き叫びました。
常世の国の香りの良い木の実を持って来ました!」
そのまま泣き叫びながら多遅摩毛理(タジマモリ)は死んでしまいました。
その香りの良い木の実とは今で言うところの「橘(タチバナ)」です。
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解説

縵四縵(カゲヨカゲ)・矛四矛(ホコヨホコ)
ときじくのかくの木の実には「縵八縵・矛八矛」とあり、今回はその半分なので、「半分の苗」としましたが、これが具体的にどういう意味かはよく分かりません。苗ではなく「枝」かもしれません。植物は枝挿し……土に挿していると根が出る……が出来るから、枝で十分な成果があるからです。
常世の国と浦島太郎
常世の国へ行き、帰ってみると垂仁天皇は死んでいた。悲しみ、そのまま死んでしまうタジマモリ。
常世国は海の向こうにあります。それが、かなり遠いのか、それとも神と死者のいる異界であり、浦島太郎のように時間の流れが違っているのでしょうか。
タジマモリの墓
垂仁天皇稜にはタジマモリの墓とされる小島があります。

個人的コラム

タチバナについて再考
タチバナは日本古来の植物で日本には昔からあったよう。外来したということはないです。では何故こんな記述があるのか? 
タチバナは利用価値が
一つはタチバナが古代に於いて有用に利用されいた…という可能性です。タチバナに限らず柑橘類は虫除けや薬用など利用価値があったはずです。そのタチバナの効用が知られていて、「あのタチバナを日本に持ち込むようにしたのは天皇」と書くことで権威を高めようとしたのかもしれません。
タチバナではない可能性
現在、我々が知る「タチバナ」ではなく、別の植物を挿している可能性もあります。なにせ時間が経っています。名前の行き違いなんて珍しくありません。
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