なほ大御琴をあそばせ

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なほ大御琴をあそばせ

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原文

ここに建内宿禰大臣白さく、「恐し。我が天皇、なほ大御琴をあそばせ」とまをしき。ここに稍(ヤクヤ)くその御琴を取り依せて、なまなまに控きましき。かれ、未だ幾久もあらずて、御琴の音聞えざりき。すなはち火を挙げて見れば、既に崩(カムアガ)りましぬ。

現代文訳

建内宿禰(タケノウチノスクネ)大臣が言いました。

「恐れ多いことです。
琴を弾いてください」

そこで仲哀天皇はしぶしぶ琴を引き寄せて、弾き始めましたが、しばらくすると琴の音が聞こえなくなりました。

灯りを灯してみると、仲哀天皇は亡くなっていました。
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解説

タケノウチノスクネとは
建内宿禰はいろいろと謎の多い人物。長命(物語上300歳以上とも)。子孫が多い。古事記では孝元天皇の曾孫にあたる(参考:孝元天皇の子孫)。

一族の総称が建内宿禰だったともあるが、ともかく存在は大きかった。古事記の物語には非常に強く影響します。

個人的コラム

天皇と大臣
天皇が神の言葉を疑い、琴を弾くのをやめると、建内宿禰がそれをいさめます。するとしぶしぶ琴を弾き始めます。

建内宿禰>仲哀天皇

という図式に見えます。
琴を弾く天皇と、神を宿す皇后と、そしてその神の言葉を受ける建内宿禰(サニワ)。どう考えても偉いのは建内宿禰、っぽい。

天皇はいつから、神になっていったのか。

この仲哀天皇の立場は、天皇のかつての姿……古事記序盤の「神=天皇」という、間違いなく後世に作られた図式ではなく、天皇が神官だった名残を残す物語です。

なぜこの物語を消さなかったのか??

神功皇后の物語は外せなかったから。神功皇后の物語があまりに有名で誤魔化せなかったから。ある程度の史実だったから。

でもこの神功皇后の物語が無視できないものであったとしても、神を疑い、神に殺される天皇像を書かないという手段もあったでしょう。

何故なんでしょうか?
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