応神天皇は豊明節会でカミナガヒメをオオサザキ命に与えた

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応神天皇は豊明節会でカミナガヒメをオオサザキ命に与えた

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現代文訳

「この日向から呼び寄せた髪長比売(カミナガヒメ)は応神天皇にお願いして、私に譲るよう言ってくれ」
とオオサザキ命は建内宿禰に言いました。

それで建内宿禰は天皇に願い出ると、すぐにカミナガヒメをオオサザキ命に与えました。

新嘗祭の翌日に行われた豊明節会という酒宴でカミナガヒメに酒を受ける柏の葉を持たせて、オオサザキ命にカミナガヒメを与えたのです。
日本書紀の対応箇所
応神天皇(八)道の後 古波陀乙女
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解説

新嘗祭
豊明は新嘗祭の後に行われる酒宴。新嘗はその年取れた五穀を祝って行われる祭り。ちなみに大嘗祭は天皇が即位して最初の新嘗祭のこと。

新嘗祭は皇極天皇から始まったとされます。皇極天皇は天武・天智天皇の母親である女帝。乙巳の変で中大兄皇子と中臣鎌足が蘇我入鹿を殺害、クーデターを起こしたのを目の前で見た天皇というと分かりやすいかも。

応神天皇はその遥か以前の天皇だから、当時は新嘗とは呼んでいなかったでしょうが、五穀が取れたことを祝うというのはガチガチの農業立国の日本では皇極天皇以前からも当然やっていたはず。

その酒宴の中で、女性を応神天皇が息子に譲ったということ。なんだかなぁ。
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個人的コラム

応神天皇とそれ以前の自然観に違いがある
ような気が。

ヤマトタケルの段「平群の山のくま白梼」では、訳では違うものにしましたが、「老人」が「子供」のことを「完全な命」と言っています。

またそれ以前にも、「幼さ」が「魔力」とするような記述があります。例えば天孫降臨でオシホミミではなくニニギが降りるのは「子供」だからです。

でも応神天皇が二人の息子に「年上と年下はどちらがかわいいか?」と問うたときに「人に成らざる」という言葉を使っています。

かつて完全な命だった「子供」が、いまや「未熟な人」というところにまで落ちています。

これは応神天皇の項がそれまでとは別の価値観で書かれている証拠ではないでしょうか??

原文

「この日向より喚上げたまひし髪長比売(カミナガヒメ)は、天皇の大御所に請ひ白して、吾に賜はしめよ」とのりたまひき。ここに建内宿禰大臣大命を請へば、天皇すなはち髪長比売を以ちてその御子に賜ひき。賜へる状は、天皇豊明(トヨノアカリ)聞こしめしし日に、髪長比売に大御酒の柏を握らしめて、その太子に賜ひき。
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