古代日本史年表

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古代日本史年表

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概要

注意事項
倭は「日本」を表しているとは限らない。当時の「倭」にあった国々は「倭」と名乗っていた。「わ」という言葉が当時の日本人にとって「国」というニュアンスをもっていたからかもしれない。
新羅本紀にある「倭」が「大和朝廷」とは限らず、「日本の方から来た人」という程度の意味の可能性は高い。特に大和政権が成立して全国を手中に収める5世紀か6世紀まではあやしい。
新羅は国が衰弱し高麗に譲渡します。その高麗の「正統」を表すための本が「新羅本紀」です。よって「新羅は歴史が古い国であって欲しい」という高麗の希望があります。なので新羅は三国史記の中でもっとも古い「設定」となっていますが、かなり怪しい。
●しかし新羅本紀の記述は新羅にとって都合の悪いこと(倭人に攻められている)が描かれています。そのあたりは事実でしょう。日本の記紀と同様に「史実」であっても「時期」は怪しい、ってことです。
●中国の史記も同様です。中国の史記は伝聞が多く、著者の主観が多く混じっています。

必要な事象を
細かく書けば切りが無いので必要な事件をまとめました。細かい内容は別途まとめたいです。
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古代史年表

57中国の光武帝が奴国に金印を授ける後漢書
107倭国王帥升が後漢に使者を送る後漢書
150日本で大乱後漢書他
193倭国で飢饉があり新羅に難民が来た三国史記新羅本紀
232新羅の金城を倭国兵が囲む三国史記新羅本紀
239邪馬台国の卑弥呼が魏に使いを送る三国志魏志倭人伝
248卑弥呼が死、壱与が女王に三国志魏志倭人伝
346新羅の金城を倭国兵が囲む三国史記新羅本紀
391高句麗まで倭国が出兵好太王の碑
393新羅の金城を倭国兵が囲む三国史記新羅本紀
478倭王武が宋に使者を送り、安東大将軍の称号を得る宋書
527筑紫国造磐井の乱
538百済から仏教伝来
562加羅(伽耶・任那)が新羅に滅ぼされる
587蘇我馬子が物部守屋を滅ぼす
593聖徳太子が推古天皇の摂政に
600聖徳太子新羅討伐隋書新羅本紀に記述なし
602新羅討伐軍を起こすが渡海前に中止
603冠位十二階制定実力による登用
60417条の憲法制定和をもって貴しとする
607隋の煬帝へ「日いずる処の天子」の手紙(小野妹子・遣隋使)隋書
645乙巳の変(中大兄皇子と中臣鎌足が蘇我入鹿を殺す)
659出雲大社の神殿を修築
660百済が滅びる
663白村江の戦い朝鮮半島から撤退
667壬申の乱
712古事記成立
720日本書紀成立
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