氷見神社(周南市)

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氷見神社(周南市)

漢字・読みヒミジンジャ
別名露嶋宮
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概要

住所山口県周南市須万秘密尾
最新闇於加美神(クラオカミ
平安時代の歴史書「三代実録」に「清和天皇貞観9年(856年)正五位上比見神に従四位下を授く」とあります。本宮・中宮・上宮で露嶋宮(ツユシマ)と尊称します。
●本宮は氷見神社、中宮は山の中腹にあり、上宮は山全体。山は女人禁制。
●20年に一回遷宮する。平成22年(2011年)に遷宮した。
●明治には神道家の川面凡児が氷見神社にこもって神道の修行法を編み出しとかなんとか。
●「禊して祓えば清し神ながら神代ながらの神の身となる。禊して後の心をくらぶれば昔は我を知らでありけむ。禊して帰る心を人問わば朝日に映ゆる氷見の神山」ってなんか書いてありました。最近、禊の修行をした人が書いたんじゃないかと思います。
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物語・由来

禊(ミソギ)の行所として現在でも神官が利用する。神社の横には川が流れている。この川が神社の「クラオカミ」という祭神そのものだろうと思う。

クラオカミは谷あいを流れる川を神格化したもので、この神社にピッタリきている。この川…たぶん錦川なんだろう……が、すごい。詳細は個人コラムで。

歴史背景

平安時代の9世紀に名前が出ていますが、それ以前から氷見神社はあったんでしょう。なにせ856年に正五位上から従四位下にワンランクアップしているのだから、856年以前から存在しているのは間違いない。それがいつからなのかは、分かりませんが歴史は相当ありますね。
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個人的コラム

中国高速道路の鹿野インターから来れば、この氷見神社はまぁまぁ近い。ところが私は山陽自動車道の熊毛インターから来てしまった。カーナビに言われるがままにそう来ただけなんですが、これがえらいことになりました。

熊毛インター→須々万バイパス→菅野ダム→フルーツパーク的なところ→小さな川沿いの道→秘密尾へ…という道を通りました。

まぁ、川沿いの道というのがすごい。普通車の車幅ギリギリのところもチョクチョクあるような小さな道で、アスファルトは落ち葉で隠れて良く分からないし、クネクネと曲がってて危ないし、それで、なんというか民家はあっても人の気配が無い。

ガードレールは無く、川が下に見えるような場所もあります。落ちたら死ぬかも、いや、死なないまでも、誰も助けに来てくれ無さそう…と思っちゃうくらい。

でもこの道を、おそらく平安時代の人も通っていたのです。修行のためにです。道も今よりも整備されていなかったはずです。道の途中で死ぬ人も居たでしょう。

特別なものを感じる
文明の利器である車に乗り、カーナビに導かれながら、この自然を「コワー」と思っていました。山は大きく、川は粛々と流れ、風が落ち葉を巻き上げる。私という人間なんて何の関係もなく自然という「何か」は自らに課せられた役割を果たします。山は山っぽく、川は川っぽく、風は風として、動物は動物らしく、虫は虫らしく。

信仰心もなく、幽霊も信じないのに、それでも、この川には、この山には「何かが居る」ような気がしました。

私がそう感じた以上に、昔の人は畏怖を感じたはずです。絶対的な何かがありました。平安時代では今のように山を削って住宅を建てたり、道路を作っていません。自然は人間ではどうにもならないものでした。その神(自然)を鎮めるためにも、この氷見神社は祭られたんじゃないかな、と思います。

氷見神社で祭られるクラオカミはこの環境に実にピッタリ。クラオカミは川を表していますが、同時に山の神でもあったんでしょう。山が無いとこんな川は流れませんからね。
●日本の神を祭る行為は「神さま、まぁまぁ、ご機嫌を損ねないでよぉ」という「鎮魂」ではないけども、「鎮める」ものです。
●怨霊信仰とは違う、かもしれませんが、メカニズムは似たようなものだと思います。

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