第六段本文-1 幽宮を淡路島に作って

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第六段本文-1 幽宮を淡路島に作って

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現代語訳

第五段本文 神々を生むの続きにあたります。
あらすじ:子供のように「母に会いたい」と駄々をこねるスサノオを、イザナギは「勝手にしろ」と追放してしまう……
第六段本文
スサノオは言いました。
「わたしは今から(父イザナギの言うとおりに)、根の国に行きます。その前に、高天原に向かい、姉であるアマテラスと会います。それから永遠に根の国に退きます」

イザナギはこの申し出を許しました。

すぐにスサノオは天に向かいました。
その後イザナギは神として成すべきことを終えていて、熱病に掛かって死んでしまいそうになったので、幽宮(カクレノミヤ)を淡路島に作って、そこに静かに眠りました。
別の言い伝えでは…
イザナギは神として成すべきことを終え、徳が優れていたので、天に昇って報告をして、日之少宮(ヒノワカミヤ)にとどまりました。

少宮は倭柯美野(ワカミヤ)と読みます。

古事記の対応箇所
荒ぶる速須佐之男命は母恋しく
須佐之男を迎え撃つアマテラス
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解説

イザナギは死んだか?
イザナギは熱病で死んでしまう前に幽宮を作って、そこで永遠の眠りにつきます。本文の中の別の言い伝えでは、死なずに「日之少宮(ヒノワカミヤ)」にとどまります。
日之少宮(ヒノワカミヤ)のくだりではイザナギは「死んだ」というニュアンスの書き方が無いので死んで無いですが、もしかすると省略しただけかも。でも、「留宅」と書いてあるので死んで無いのでしょう。
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個人的コラム

日之少宮
日之少宮(ヒノワカミヤ)は名前から推察すると「冬至の方角の宮」ですが、夏至の日の出である「北東」を指しています。

日之少宮の意味
日之少宮は本来「死者の国」という意味があったのかなと思います。日本人にとって「死」を連想する方角は、「夏至」の方角です。夏至のころ、6月から梅雨と夏の蒸し暑さで食中毒や疫病が広がりやすいからです。

夏至の方角は北東、ではないですが、北東(=鬼門)の方角に近いです。北東は大和・奈良・京から見ると現在の東北地方です。東北地方には当時、異民族「蝦夷」が住んでいました。

また夏至のときに日が沈む、北西には初期大和から見れば「出雲」がありました。出雲が勢力下に入ると、その向こうの朝鮮半島が「北西」にあたるようになります。
鬼・酒呑童子は大江山に住み、昼間は子供の姿。夜は鬼となり、京都の町で人を殺しました。この大江山は京都から見て北西です。北西もまた死の方角です。

原文

於是、素戔鳴尊請曰「吾今奉教、將就根国。故欲暫向高天原、與姉相見而、後永退矣。」勅許之。乃昇詣之於天也。是後、伊弉諾尊、神功既畢、靈運當遷、是以、構幽宮於淡路之洲、寂然長隱者矣。

亦曰、伊弉諾尊、功既至矣、德文大矣、於是、登天報命、仍留宅於日之少宮矣。少宮、此云倭柯美野。
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