第九段一書(二)—4齋庭の穂を、我が子オシホミミに

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第九段一書(二)—4齋庭の穂を、我が子オシホミミに

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原文

是時、天照大神、手持寶鏡、授天忍穗耳尊而祝之曰「吾兒、視此寶鏡、當猶視吾。可與同床共殿、以爲齋鏡。」復勅天兒屋命・太玉命「惟爾二神、亦同侍殿內、善爲防護。」又勅曰「以吾高天原所御齋庭之穗、亦當御於吾兒。」則以高皇産靈尊之女號萬幡姫、配天忍穗耳尊爲妃、降之。故時居於虛天而生兒、號天津彦火瓊瓊杵尊、因欲以此皇孫代親而降。故、以天兒屋命・太玉命及諸部神等、悉皆相授。且服御之物、一依前授。然後、天忍穗耳尊、復還於天。故、天津彦火瓊瓊杵尊、降到於日向槵日高千穗之峯、而膂宍胸副国、自頓丘覓国行去、立於浮渚在平地、乃召国主事勝国勝長狹而訪之。對曰「是有国也、取捨隨勅。」
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現代語訳

第九段一書(二)ー4
天照大神(アマテラスオオミカミ)は持っていた寶鏡(タカラカガミ)を天忍穗耳尊(アメノオシホミミミコト)に授けて、祝って言いました。
「我が子よ。
この寶鏡(タカラカガミ)を見るときには、私(=アマテラス)を見ていると思いなさい。
住まいを同じにして、宮殿を同じにして、この鏡を神として祀りなさい」

また、天兒屋命(アマノコヤネノミコト)・太玉命(フトダマミコト)に命じました。
「お前たち二柱の神(=アマノコヤネとフトダマ)は、宮殿に(アメノオシホミミと)共に居て、守っておくれ」
また命じて言いました。
「私が高天原(タカマガハラ)で食べている齋庭の穂(ユニワノイナホ)を、我が子(=オシホミミ)に授けましょう」

そして高皇産靈尊(タカミムスビ)の娘の萬幡姫(ヨロズハタヒメ)を天忍穗耳尊(アメノオシホミミ)に嫁がせて、妃として、地上に降ろしました。

しかし、まだ天に居るときに子供が生まれました。
名前を天津彦火瓊瓊杵尊(アマツヒコホノニニギノミコト)といいました。

それでこの皇孫(=ニニギ)を親(=オシホミミ)の代わりに地上に降ろそうと思いました。それで天兒屋命(アマノコヤネノミコト)・太玉命(フトダマノミコト)や諸部神(モロトモノオノカミ=その他大勢の神々)を同様に授けました。また服御之物(ミソツモノ=身の回りの品々)を一つも前と変わらず、授けました。

そうして天忍穗耳尊(アメノオシホミミ)はまた天に帰りました。

天津彦火瓊瓊杵尊(アマツヒコホノニニギノミコト)は地上に降りて、日向の槵日(クシヒ)の高千穂の峰にたどり着き、膂宍(ソシシ)の胸副国(ムナソウクニ)を丘から眺め見て、通り過ぎ、浮渚在平地(ウキジマリタヒラ=海上の浮き島の平らなところ?)に立って、国主(クニヌシ)の事勝国勝長狹(コトカツクニカツナガサ)を呼び寄せて、訪ねました。事勝国勝長狹(コトカツクニカツナガサ)が答えるには
「ここに国があります。
得るも、捨てるも、あなたの思い通りに」
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解説

第九段本文―8吾田の長屋の笠狭の岬へとほぼ同じ内容。細かい事を言えば、ニニギが降臨する直前に生まれた事。

ちなみに、日本人は農耕民族で、種子が秋には何倍にも増えることを知っていて、成熟した大人よりも、子供の方が「将来性がある」と考えていました。それはつまり、「魔力が強い」ということです。

だから生まれたばかりのニニギの方が、親のオシホミミよりも、「適任者」ということです。これは伊勢神宮を20年に一回立て替えることにも繋がる感覚です。幼いもの・新しいものは「強い」ということです。
●よく持統天皇が孫の文武天皇に譲る「理由付け」のためにオシホミミが入れられたと言われますが、これは後付け、もしくは無関係と思います。

峰に降りる意味
ニニギは名前から言っても「穀物神」です。
日本人は、春に山から神霊が畑にやってきて、そこに宿って霊威を注いで穀物を育ててくれると考えていました。そして、秋になり実ると山に帰っていきます。

つまり穀物神は山に住んでいるものです。日本人としては当たり前の「神の設定」です。だから「日向(=日のあたる)」「槵日(クシは強い、よって強い日の)」「高い」「千(たくさんの)」「穂」の「峰」は、特定の土地の名前ではなく、ニニギという穀物神が降りるにふさわしい場所という意味と考えた方がいいでしょう。
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