第十段一書(三)−5沖つ鳥鴨着く島に我が率寝し妹は忘らじ世のことごとも

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第十段一書(三)−5沖つ鳥鴨着く島に我が率寝し妹は忘らじ世のことごとも

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現代語訳

第十段一書(三)−5
その時(豊玉姫が海へと去って行って)、彦火火出見尊(ヒコホホデミノミコト)は歌いました。

沖つ鳥(オキツトリ)
鴨着く島に(カモツクシマニ)
我が率寝し(ワガイネシ)
妹は忘らじ(イモハワスラジ)
世のことごとも(ヨノコトゴトモ)
沖の鳥の鴨が着く島で、私が添い寝した少女のことが忘れられない。わたしが生きている限り。


別伝によると……
彦火火出見尊(ヒコホホデミノミコト)は赤ん坊に乳をあげる乳母、湯を飲ます湯母、ご飯を噛んで柔らかくする飯嚼(イイガミ)、湯で体を洗う湯坐(ユエビト)を女性から選びました。すべての役目を万事整えて、養育しました。

このように他家の女性を雇って、乳をやるなどして皇子を養育しました。これが世の人が乳母に頼んで子を育てるようになった所以です。

この後のことです。豊玉姫(トヨタマヒメ)は自分の子がかわいらしいと聞いて、恋しいと思う気持ちが強くなり、子の元へと行って育てたいと思うようになりました。しかし、義理からそれは出来ません。そこで妹の玉依姫(タマヨリヒメ)を送り、養育させました。その時に豊玉姫(トヨタマヒメ)は玉依姫(タマヨリヒメ)に返し歌を言付けました。

赤玉の
光はありと
人は言えど
君が装いし
貴くありけり
あなたには赤い玉のような光があると、人は言います。あなたのお姿はとても高貴で、今でも忘れられません。

以上のこの贈り・答えた二首(フタウタ)を挙歌(アゲウタ)といいます。
海驢を美知(ミチ)といいます。踉䠙鉤を須須能美膩(ススノミヂ)といいます。癡騃鉤を于樓該膩(ウルケヂ)といいます。
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解説

海神の宮殿は島にある!
「沖の島の鴨が着く島で、添い寝した少女」と歌うのであれば、海神があったのは海中ではなく、「島」ということになります。ただこれらの「歌」は物語とは無関係に氏族に伝わった物が採用されていることが多く、案外関係していないということも。それでも、海神の宮殿が海の中にあるとしたら、この歌は採用されないだろうと。
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原文

于時、彥火火出見尊、乃歌之曰、

飫企都鄧利 軻茂豆勾志磨爾 和我謂禰志 伊茂播和素邏珥 譽能據鄧馭㔁母

亦云、彥火火出見尊、取婦人爲乳母・湯母・及飯嚼・湯坐、凡諸部備行、以奉養焉。于時、權用他婦、以乳養皇子焉。此世取乳母、養兒之緣也。是後、豐玉姬、聞其兒端正、心甚憐重、欲復歸養。於義不可、故遣女弟玉依姬、以來養者也。于時、豐玉姬命、寄玉依姬而奉報歌曰、

阿軻娜磨廼 比訶利播阿利登 比鄧播伊珮耐 企弭我譽贈比志 多輔妬勾阿利計利

凡此贈答二首、號曰舉歌。海驢、此云美知。踉䠙鉤、此云須須能美膩。癡騃鉤、此云于樓該膩。
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