オシホミミではなくニニギが天孫降臨した理由

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オシホミミではなくニニギが天孫降臨した理由

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概要

まとめ
●日本は縄文時代からの農業国家。
●一粒の種子が多くの実りをもたらすので、古代の日本人は種子に魔力を感じていた。種子とは幼さを表すため、日本人は子供に魔力があると感じていた。
●よってオシホミミがニニギに天孫降臨を譲ったのは、古代の日本人にとっては、より強い魔力を持つニニギの方が相応しいと考えたからであって、当然のこと。

オシホミミではなくニニギなのは何故か?

オシホミミではなくニニギが降臨した理由
オシホミミはアマテラスの息子。ニニギはそのオシホミミの子でアマテラスの孫。だから天孫降臨と言います。ま、それはともかく――

オシホミミとタクハタチヂヒメの息子がニニギで、タクハタチヂヒメの親があの「タカミムスビ」。アマテラスとよくセットで出てくるタカミムスビです。

このタカミムスビとアマテラス、そしてニニギの関係が古事記成立時の藤原不比等と持統天皇、そして文武天皇との関係に似ているとします。つまり持統天皇の孫である草壁皇子の子が即位する理由付けとして、ニニギが「天孫降臨」した、というわけです。

状況証拠はあるぜ! とこの説を唱える人は多いですが、藤原不比等は古事記・日本書紀・後の書物の中でもこれといった記述は少ないです。後の藤原道長などの祖先ということでクローズアップされていますが、はたしてこの古事記成立時期にそこまでの権力があったか? は疑問。

カミムスビとアマテラスの関係
アマテラス信仰の成立が古事記成立の直前だったことがハッキリしてくると、「タカミムスビとアマテラス」は単に朝廷が主神として祀っていたものの組み合わせに過ぎず、本来タカミムスビが単独で行っていた役割をアマテラスに割り振っただけとなります。そうなると藤原不比等と持統天皇が~という説はアヤフヤです。
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日本では子供が強い

日本はゴリゴリの農業国家です。
ここでは成熟したものよりも、幼いものの方が珍重されます。なぜか? 種子が後々に大きな実りになることを知っているからです。

特に日本では水耕稲作が広がりました。水耕稲作は耕作の条件はあるものの、連作障害を起こさず、しかも効率の良い農業です。連作障害を起こさないことで定住が可能になりました。効率が良いので、耕作面積を増やせば年々収穫量が増えました。また人手が増えればそれだけ豊かになり、集落が大きくなるという農業です。
よって「種子(幼さ)が霊威が強い」だけでなく、親より子、子より孫の方が豊かになるというイメージがあったのです。実際、記紀の中ではオシホミミ→ニニギだけでなく、アメノオハバリタケミカヅチタケミカヅチサジフツ神(これは親子ではないが)と役割を譲っています。また童話でも桃太郎一寸法師・金太郎と子供こそに魔力を感じるという日本の「世界観」が現れています。

だからオシホミミがニニギに天孫降臨を譲ったのは日本の当時の世界観では当たり前、なんだと思います。
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