菟狹津媛と天種子命

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太歳甲寅冬十月−2菟狹津媛と天種子命

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現代語訳

太歳甲寅冬十月−2
筑紫國(ツクシノクニ)の菟狹(ウサ)にたどり着きました。
菟狹(ウサ)は地名です。宇佐(ウサ)と読みます。

そのとき菟狹國造(ウサノクニノミヤツコ)の祖先の菟狹津彥・菟狹津媛(ウサツヒコウサツヒメ)が居ました。菟狹の川上に一柱騰宮(アシヒトツアガリノミヤ)を作って、(神武天皇を)奉り、宴会をしました。
一柱騰宮は阿斯毗苔徒鞅餓離能宮(アシヒトツアガリノミヤ)といいます。

そのとき菟狹津媛(ウサツヒメ)を(神武天皇の)家臣である天種子命(アメノタネコノミコト)に娶らせました。
天種子命(アメノタネコノミコト)は中臣氏の遠い祖先です。
古事記の対応箇所アシヒトツアガリ宮で食事
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解説

ウサツヒコウサツヒメの関係
「ウサ」は地名、「津」は港か、もしくは「の」…英語でいうところの「of」のようなもの。彦と姫は元々は「日」「子」と「日」「女」で、その土地の統治者という意味合いを持ちます。

ところで、ウサツヒコとウサツヒメというのは、夫婦なんじゃないのか?と何となく思うのですが、ちょっと違う。例えば、邪馬台国の卑弥呼の場合、卑弥呼が女王で、その弟が補佐でした。補佐といっても、おそらくは政治権力を持っていたのは弟だったのでしょう。つまり宗教権力者が卑弥呼で、政治権力者が弟です。こういった政治構造が古代では一般的だったのかもしれません。この形式だと、古代日本の女系家族というのがなんとなく理解出来ます。表舞台(=宗教的な場面)に女性が立ち、裏方の政治は男がする。女性が表舞台に立つのは、古代では子供を産む女性の方が霊力が強いという感覚があったのでしょう。

その一方で神話では、征服した土地の「姫神」を妻に迎えるというのが一般的です。これは日本だけでなく、多神教で有名なギリシャ神話もそうです。ゼウスがやたらと浮気をするのは、ゼウスを祀る都市が他の都市を侵略していったという経緯の反映だからです。

ウサツヒメとウサツヒコが神武天皇一行を迎え、ウサツヒメが神武天皇の家臣の一人である天種子命(アメノタネコノミコト)と結ばれたというのは、史実なのかもしれませんし、侵略したという経緯が神話になったのかもしれません。神武天皇という神と人の境目の人物では、このお話がどういう意味を持っているのかは微妙というのが正直なところでしょう。
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原文

行至筑紫國菟狹。菟狹者地名也、此云宇佐。時有菟狹國造祖、號曰菟狹津彥・菟狹津媛、乃於菟狹川上、造一柱騰宮而奉饗焉。一柱騰宮、此云阿斯毗苔徒鞅餓離能宮。是時、勅以菟狹津媛、賜妻之於侍臣天種子命。天種子命、是中臣氏之遠祖也。
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