ウリジナルの側面は発展と進歩の否定

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ウリジナルの側面は発展と進歩の否定

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概要

まとめ
●儒教では親が偉く、親の親はもっと偉い。
●生徒より先生が偉く、先生に教えた先生はさらに偉い。
●一番偉いのは「起源」。
●これはどんどんと衰えていることが前提。
●儒教は遡る文化と言える。
●日本人、というか儒教国以外でも多少はこの感覚があっても、これほど顕著ではない。

起源にこだわるのは、発展の拒否

起源は偉い。
その起源となった祖先は偉い。
その祖先の子孫である韓国人は偉い。

参考:韓国人が起源にこだわる理由
儒教国が「起源」にこだわるのはその「死生観」も大きく関わっています。(上で書きましたが)儒教の死生観では祖先と自分は同一体です。そして儒教では先生・親が無条件に偉く、元をだどれば創建者・起源が一番偉い。ということは、その祖先が起源となっているということは自分が偉いということになります。

なんか変な理屈だなぁ、と思いますか?
それはわたしたちが個人主義だからです。
儒教のは家族主義というよりは家系主義というべきでしょう。
儒教では祖先と自分が結びついているのです。
祖先の手柄は自分の手柄。
ソレと同時に祖先の恨みは自分の恨み。
韓国人が1000年恨むのも、ここに理由があります。

だけどもこの理屈にはある決定的なミスがあります。
それは「発展しない」が前提になっていることです。
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日本人とラーメン

日本人にとっての起源
日本人はラーメンが大好きです。
ラーメンは日本の料理でしょうか?
いえ、違います。
中華料理です。
日本人でラーメンが中華料理ではないと主張する人は居ないでしょう。でも、日本のラーメンが純粋な中華料理かと言われると甚だ疑問です。なにせ、中国でのラーメンとはもはや似ても似つかぬ料理となってしまったからです。豚骨スープと醤油ダレと背脂、果てはつけ麺、冷やし中華。形式はラーメンでもかなりの変貌を遂げています。
それでも、日本人はラーメンを和食とは思いません。
なぜでしょうか?
どーでもいいからです。
日本人にとって大事なのは「今、おいしいこと」です。
中国から来ようと、ヨーロッパから来ようと、どうでもいいのです。
今、この瞬間がおいしいことが大事なのです。
また、日本人は工夫し、改良するのが大好きな民族です。
もしも、ラーメンにおいて「中国」を先生・親として、「日本」を生徒・子と見ても、日本人はなんとも思いません。それは何故かと言うと、先生・親を生徒・子が越えるのが当たり前だからです。工夫し改良するのだから、生徒・子の方が発展するのが当然なのです。
よって日本人は起源にこだわりません。
大事なのは改良されて、更に美味しくなった目の前にある現在の「ラーメン」だからです。
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努力の放棄が、この思想の根幹に無いと成立しない

発展しないのが前提
先生を生徒が越える事は無く、
親を子が越える事も無く、
弟は兄を越える事は無い。
だから起源は偉いのです。
逆に言うと、起源の主張は「努力の放棄が前提」ということです。
発展しない、改良しない、進歩しないが前提です。
努力と改良が当たり前の社会ならば、「起源」はさほど大切では無いのです。せいぜい歴史的事実、というだけです。

ちなみに他国が起源主張の嘘を嫌うのは、「嘘」だからです。そこいらへんのことはまた別のページに。
参考:儒教には神がいない。だから嘘に罪悪感を抱かない。

韓国人が全員努力しないという意味ではありません。ただ儒教では「労働は卑しい」という思想があります。よって、そもそも努力を否定する土台があるのです。それも関係しているのでしょう。
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