天岩戸の神事が日食ではないと考える理由

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天岩戸の神事が日食ではないと考える理由

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概要

まとめ
●皆既日食は非常に珍しい天体ショー。
●皆既日食は恐怖をあおるが、実害が無いので神話として残す意味が薄い。
●よって天岩戸の神話は日食とは考えにくい

参考:天岩戸の神事が冬至ではないと考える理由
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定説

定説では天岩戸の事件は冬至か日食ではないか?と言われています。わたしは冬至でも日食でもなく、「長い梅雨を祓う」のが目的の神事だったと考えています。
つまり「天岩戸」は「雨雲」であり、天岩戸の神事は雨雲の向こうに隠れた「太陽=アマテラス」をおびき出すために、踊り、歌い、木に飾りをつけて飲み食い騒ぐ祭りのことなのです。そして、山岳信仰の神であるアメノタヂカラオが天岩戸(=雨雲)を割って、太陽を引っ張り出すのです。

日本は湿度が高い国ですから、特に長梅雨の高湿度による食中毒を嫌いましたし、6月から7月に日照時間が少ないのは稲の生育に非常に悪影響で、収穫が少ないと集落には「死」が待っていました。だからこの長梅雨は大和朝廷にとって恐ろしい天変地異だったのです。

このページでは上記の証明ではなく、現在の定説となっている「日食」の問題を書いて行きます。
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皆既日食は滅多に無い

日食は珍しい天体ショー
現在日食のメカニズムを理解している私たちには日食は単なる「現象」ですが、これがメカニズムを知らない古代人だと恐怖・畏怖の対象となるのは想像できます。その上、太陽全体が消えてしまう皆既日食となると、尋常ではない恐怖だったでしょう。

ところが皆既日食は滅多にありません。
天岩戸の神話は太陽が完全に隠れるので皆既日食と考えないと辻褄が合いませんから、ただの日食(太陽の一部が掛ける日食)は除外しないといけません。

日食自体はちょくちょくあるのですが「皆既日食」は滅多にありません。
ネットで調べると、21世紀中に皆既・金環日食は日本国内で12回起きるとされています。100年で12回は多い気がしますが、観測出来る地域は分散されています。一地域につき100年に一回見られるかどうか?のことです。となると、この日食を神話で残す機会が100年に一回であり、残りの99年はこの神話の風化が進むことになります。しかも古代の平均寿命は30歳以下ですから、100年に一回の天体ショーは下手すると4世代に一回の天体ショーとなりますので、神話にはそもそも成りにくいのではないか?と思うのです。
●ここでは皆既日食だけを挙げているので、極端に少ないケースになりますが、部分日蝕を入れるとかなりあります。

日食には実害が無い

「日食」には「実害」が無い
日食を何かの事件と結びつける事は出来ます。しかしそれは完全な空想です。もちろん古代の事ですから空想・妄想が神話と成ることは、むしろ当たり前です。だから日食が神話になってもおかしくはありません。それでも、実害が無いのですから、神話にはなりにくいでしょう。

地震・津波・雷・火・洪水、わたしが天岩戸の神事の元ネタではないかと挙げた「長梅雨」も、ハッキリとした実害があります。科学的思考が未発達であっても因果関係はハッキリしています。でも日食は「兆候」と捉えることが出来ても、「実害」は無い。

実害が無いということは、神話として残す必然性も薄い、となります。
日食から受ける恐怖・不安はあっても実害が無く、しかも100年に一回の天体ショーです。これでは神話となる可能性はかなり低いと考えた方がよいでしょう。

天岩戸神話に描かれたものの意味

日本では恵みより祟りを恐れる
日本でもっとも強い神は何か?と問われるとそれは「祟り神」と答えます。
日本人には怨霊信仰というのがあります。祟りを起こす神を怒りを鎮める為に祀るというもので、丁寧に祀る事で、祟り神は、有り難い「御霊」となります。貧乏神が福の神に化けるようなものです。代表的な者が「菅原道真」です。

この怨霊信仰は平安時代に成立したとされますが、おそらくソレ以前からあったのです。怨霊が御霊になるシステムがあったかどうかは分かりませんが、古代から日本人が「怨霊」を恐れる感覚は強いものだったのでしょう。

例えば…古事記は天皇の皇統を説明する為の本です。天皇は神に等しい存在のはずなのですが、大物主の祟りで国民が沢山死んだり、仲哀天皇などは神の言葉を無視して殺されています。(天皇は神ではないとか、そういう話は置いておいて)古代では「神は恐ろしいもの」という感覚が強かったわけです。天皇の偉大さを描く為の本でその神の恐ろしさが書かれているのですから、相当なものです。神は恵みを与える有り難いものという感覚もありましたが、怒らせると恐ろしい祟り神という感覚の方が強かったのです。「恵み<祟り」なんです。感謝より恐怖です。

祟り神によって天変地異が起きた時、その祟りを鎮めなくてはいけません。神の機嫌を取らないといけない。そこで機嫌を損ねた原因を突き止めないといけない。そのメカニズムを描いたのが「天岩戸の神事」です。ここでの原因は「スサノオ」でした。スサノオの悪行(=穢れ)がアマテラスの機嫌を損ね、天変地異を引き起こしたのです。

古代の日本人はこの天変地異の対症法(歌と踊りで宴会と祭)を描くと同時に原因を残す事で予防法も記したのです。予防法とはつまり「穢れ」を蓄積しないことです。これはもちろん科学的ではなく古代の常識ではありますが、「子孫に残したい知恵」です。それが神話です。

結論

よって日食とは考えない
天岩戸の神話は子孫に残したい知恵です。
天変地異の対症法と予防法を書き記したありがたいハウツー本です。
ということは「実害の無い」「100年の一回の天体ショー」が、神話として残るか?
ましてや古事記・日本書紀の非常に重要な神話として残るか?というと疑問です。別伝に多少残るのなら分かりますが、創世神話の次に来るほどの重要性は無いはずです。


よってわたしは天岩戸の神話は日食を描いたものではないと考えます。
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