來目歌

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秋八月甲午朔乙未(二)來目歌

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原文

于儾能多伽機珥 辭藝和奈陂蘆 和餓末菟夜 辭藝破佐夜羅孺 伊殊區波辭 區旎羅佐夜離 固奈瀰餓 那居波佐麼 多智曾麼能 未廼那鶏句塢 居氣辭被惠禰 宇破奈利餓 那居波佐麼 伊智佐介幾 未廼於朋鶏句塢 居氣儾被惠禰

現代語訳

菟田の高城(タカキ)に
鴫(シギ)罠張る
我が待つや
鴫は障(サヤ)らず
いすくはし
鷹等(クヂラ)障(サヤ)り
前妻(コナミ)が
肴(ナ)乞(コ)はさば
立ち稜麦(ソバ)の
実の無けくを
幾多聶(コキダヒ)ゑね
後妻(ウワナリ)が
肴乞はさば
斎賢木(イチサカキ
実の多けくを
幾多聶ゑね
意訳
宇陀の高城にシギ(鳥の種類)を取る罠を仕掛けたら、シギじゃなくて、鷹が掛かった。
鷹をクヂと言うので鷹等で「クジラ」、あの海のクジラと引っ掛けている駄洒落

古い女房がおかずをねだったら、蕎麦の実みたいに栄養の無い所を削り取って食べさせよう。
若い女房がおかずをねだったら、イチサカキの実のように栄養のあるところを削り取って食べさせよう。
古事記の対応箇所
えーシヤシコヤ
▲古事記には合いの手のような「エーシコヤ、エーシコヤ」という記述があります。これがあるので古事記は「民謡」っぽい。
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解説

シギとクジラ
シギの罠を仕掛けたら、クジラが掛かった。という古代期最高のジョーク。というのはともかく、日本人が山の獲物と海の獲物の両方を日常的に得ていたからこそのジョークです。
ちなみに「イスクハシ」はクジラに掛かる枕詞と思われます。語源は不明。このクジラに関しては「クジラ」ではなく「鷹等(クチラ)」で「鷹」という説も。
蕎麦とイチサカキ
蕎麦は土地が痩せていても実がなるのですが、実が小さく粉のように小さく、『蕎麦のように実がない』という書き方はまさに、という感じ。イチサカキは現在ではヒサカキのこととされますが、サカキは常緑樹を指していて、この古代でのイチサカキは別の植物を指しているのではないかとも。

この二つの植物を対比させ、古い女房には栄養が少ないところを、新しくて若い女房には栄養価の多い部分を食べさせます。これはジョークもあるでしょうが、子供を産む確率の高い「若い女房」を優先させたという意味でしょう。それだけ日本が古代から「子供優先主義」だったためではないかと。

個人的コラム

シギとクジラについて
日本はケガレを嫌います。
日本人の捕鯨・食鯨には、山の獣の死体を嫌う古代からの宗教観があります。参考:日本人がクジラを食べる理由

死体の穢れを嫌うのに、江戸時代も鳥肉は食べていました。
クジラは分かる。海の生き物で魚扱いだからです。
でも、山の獣は食べないのに、鳥は食べる。
この境目は何でしょうか??
ウサギは山の獣で本来は食べないのですが、こっそり食べていました。そこで鳥だと言い張るために、ウサギの数え方を「一羽」「二羽」にしたのです。

鳥と獣の違い
おそらく、山の獣は「神の使い」だったのです。
日本人は山の神が里に下りて、田畑に宿って穀物を実らせると思っていました。では山の神はどうやって山から下りて来るのでしょうか? ある地域では鳥でした。でもある地域では獣だったのです。その獣が、春日大社の鹿、稲荷神社の狐という組み合わせになっていったのだと思います。

ではその神の使いである獣の死体とはなんでしょうか?
単なる死体ではなく、神の怒りに満ちた、祟り神とも言える存在です。腐臭を放ち、疫病をまき散らすのです。そもそも日本は梅雨から夏に掛けておそろしく湿気が多い。病気…というか食中毒に対する恐怖は強い。だから動物の死体の穢れを嫌った、これらが農業と結びついて山の獣の死体の穢れを特に恐れるようになったのでしょう。

それでシギとクジラに帰ります。
日本人は鳥とクジラは穢れていない、食べて良いものとしていました。そういう感覚は古代にはすでにあったのではないか?と思います。それがこのページの歌に現れているのではないか?と思っています。
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