吉野の先住民

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秋八月甲午朔乙未(三)吉野の先住民

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原文

是謂來目歌。今樂府奏此歌者、猶有手量大小、及音聲巨細、此古之遺式也。是後、天皇欲省吉野之地、乃從菟田穿邑、親率輕兵巡幸焉。至吉野時、有人出自井中、光而有尾。天皇問之曰「汝何人。」對曰「臣是国神、名爲井光。」此則吉野首部始祖也。更少進、亦有尾而披磐石而出者。天皇問之曰「汝何人。」對曰「臣是磐排別之子。」(排別、此云飫時和句。)此則吉野国樔部始祖也。及緣水西行、亦有作梁取魚者。(梁、此云揶奈。)天皇問之、對曰「臣是苞苴擔之子。」(苞苴擔、此云珥倍毛菟。)此則阿太養鸕部始祖也。
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現代語訳

これを來目歌(クメウタ)といいます。
現在、樂府(オオウタドコロ)でこの歌を演奏するときには、手を大きく打ったり、小さく打ったりして拍子を取って、太い声や細い声で歌います。これは古(イニシエ)から残っているやり方です。
この後に神武天皇は、吉野の地を見たいと思い、菟田穿邑(ウダノウガチノムラ)の地から僅かな兵を率いて出発しました。吉野に到着するときに、泉の中から人が出て来ました。その人は光っていて尾がありました。
天皇は聞きました。
「お前は誰だ?」
答えました。
「わたしは国神(クニツカミ)です。
名前を井光(イヒカ)といいます」
この人物が吉野首(ヨシノノオビト)などの始祖です。
更に進むと、また尾があって磐岩(イワ)を押し分けて現れました。そこで天皇が聞きました。
「お前は誰だ?」
答えました。
「わたしは磐排別(イワオシワケ)の子です」
排別は飫時和句(オシワク)と読みます。

この人物は後の吉野国樔(ヨシノノクズ)などの祖先です。
吉野川に沿って西に進んで行きました。
すると梁(ヤナ=魚を捕る罠)を作って魚を捕る人が居ました。
梁は揶奈(ヤナ)と読みます。

天皇は聞きました。
その人は答えました。
「わたしは苞苴擔(ニエモツ)の子です」
苞苴擔は珥倍毛菟(ニエモツ)と読みます。

この人物は阿太養鸕(アダノウカイ)などの始祖です。
古事記の対応箇所
吉野川の鵜飼
国津神のヰヒカ
その人は岩を押し分けて
吉野国巣の祖先
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