インドから来た外来神のサルタヒコ(仮説)

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インドから来た外来神のサルタヒコ(仮説)

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概要

まとめ
サルタヒコは太陽神であり先導役であり海洋神であり、日本の神には無いはずの姿形がある。
●インドにはスーリアという太陽神が居る。
●スーリアはウシャスという金星の女神によって、日の出へと導かれる。そのときウシャスは乳房と陰部を見せて誘う。これはそのままサルタヒコアメノウズメの関係に近い。
●スーリアは沖縄まで海を渡って来た。だから海の神の性質を得た。また古代では太陽から方角などを算出していたので、先導の性質を得た。
●日本に渡り、日本の農耕神話の中で穀物神を山から導く、別の「先導」の性質を得た。
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サルタヒコは多くの性質を持っている

サルタヒコは古事記・日本書紀に描かれているように「口が輝き、目がホオズキのように赤く光る」太陽神です。それにニニギを先導する「道祖神」でもあります。また海に沈んで三つの神を生んだというエピソードもあるように海洋神でもあります。最後にはアメノウズメと結ばれて猿女(サルメ)という氏族の始祖となります。

特徴は他にもあります。
鼻が長く、また身長も大きい。
これだけ特徴のある神は他にいません。

インドからやって来た

元々はインドの神と推測
サルタヒコの特徴はなにより、「見えないことが神」という日本の世界観の中で「姿形」が細かく描かれていることです。大体「神」と言う言葉が「隠り身」から来た、とされるくらいです。姿形が設定されることが特異です。

それでサルタヒコが「見える」のは何故か?というと、それはサルタヒコが仏教などの外来の宗教とともにやって来た神だからです。仏教は仏像を作ることで「信仰」しやすくするという発明をしました。この仏教が、九州南部にはかなり早い段階で来ていたのではないかと思われます。

その時、一緒に海を渡って来たのがサルタヒコとアメノウズメでした。
サルタヒコは元々はインドの神だと私は考えています。
そこでは太陽神「スーリア」と呼ばれていました。
インドの叙事詩リグ・ヴェーダによると、スーリアは「ウシャス」という女神に導かれて天を登る太陽の化身です。明けの明星の女神ウシャスは乳房と陰部を見せてスーリア(太陽)を誘ったといいます。どうやらこの件(クダリ)が記紀のアメノウズメの行動に影響しているようです。

スーリアとウシャスはインドから台湾・沖縄を経由して九州へとやって来ました。その時に「海」の性質を得たのでしょう。海で太陽が「時間と方角」を知る役割を持っていたから「先導」の性質を得たと考えれば自然です。
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神社や関連する土地

その後、日本にやってきたスーリアはおそらくは「サルタ」と訛った。ちなみに沖縄の方言では「サルタ」には先導という意味があるそうです。
先導するから沖縄で「サルタ」になったのではなく、「スーリア」が沖縄にやってきたことで先導を意味する言葉が「サルタ」になったのだろうと思います。

また、ウシャスは「ウズメ」と訛りました。
サルタは先導の性質と海の性質で、「海洋民族」の日本人に信仰されました。しかし時代が変わり、稲作が社会の中心になってくると、サルタは性質を変えました。穀物神を導く「先導役」つまり「道祖神」という性質を得ました。

日本人は山に穀物神が居て、その神が山から下りて、里にやってきて、里の田畑に宿って、穀物を実らせ、その後、山に帰って行くと考えていました。ひっくり返すと、穀物神が田畑に降りないと実らないってことです。実際にはそんなことはありませんが、そう考えていたわけです。そこで古代の日本人は穀物神が田畑に無事にやってくるように、またより良い穀物神が山からやってくるようにと、先導役を重要視するようになりました。よって、サルタに新たに「穀物神を先導する」役割が加わりました。

だからサルタヒコは穀物神であるニニギ(=アマテラスから稲を授けられている)が天孫降臨するときに先導する役割を仰せつかったのでしょう。そんな先導役でありながら、太陽神であり、海の神という性質を持ち、尚かつ、姿形がある…そんな複数の特徴を持っているのは、こういった経緯で日本にやってきたため……

と私は考えています。
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