みつみつし

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TOP>神武天皇(日本書紀)>十有二月癸巳朔丙申(二)みつみつし

十有二月癸巳朔丙申(二)みつみつし

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現代語訳

みつみつし 来目の子らが
垣本に 粟生(アハフ)には
臭韮(カミラ)一本
其のが本 其根芽つなぎて 撃ちて止まむ
歌の訳
天皇の威勢を負う強い久米の兵が
家の垣根に植えた粟の畑に
臭いの強い韮(ニラ)が一本生えている
それを根元から根も芽も根こそぎ引っこ抜くように
敵を打ち破ろう!


また歌いました。

みつみつし 来目の子らが
垣本に 植えし椒(ハジカミ)
口ひびく 我は忘れず 撃ちてし止まむ
歌の訳
天皇の威勢を負う強い久米の兵が
家の垣根の畑に植えた山椒を
食べると口がいつまでもヒリヒリするように
私は(敵にやられたことを)忘れない
敵を撃ち倒そう!!!

それでまた兵士を送って急いで攻めました。これら全ての歌は皆、「来目歌(クメウタ)」といいます。これは歌った人(=来目部のこと)を指して名付けたものです。
古事記の対応箇所
そね芽繋ぎて 撃ちてし止まむ
植ゑし椒口ひひく
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解説

古事記の対応箇所と同じ内容です。
古事記では冬十月癸巳朔(一)神風の伊勢の海の大石にやい這い廻る細螺十有一月癸亥朔己巳(三) 楯並めて伊那佐の山のの歌がほぼ並列されています。古事記より日本書紀の方が神武東征が細かく描かれています。
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原文

瀰都瀰都志 倶梅能故邏餓 介耆茂等珥 阿波赴珥破 介瀰羅毗苔茂苔 曾廼餓毛苔 曾禰梅屠那藝弖 于笞弖之夜莽務

又謠之曰、

瀰都々々志 倶梅能故邏餓 介耆茂等珥 宇惠志破餌介瀰 句致弭比倶 和例破涴輸例儒 于智弖之夜莽務

因復縱兵忽攻之、凡諸御謠、皆謂來目歌、此的取歌者而名之也。
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