崇神天皇の出自と性格

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崇神天皇(一) 崇神天皇の出自と性格(日本書紀)

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現代語訳

御間城入彥五十瓊殖天皇(ミマキイリヒコイニエノスメラミコト崇神天皇)は稚日本根子彥大日々天皇(ワカヤマトネコヒコオオヒヒノスメラミコト=開化天皇)の第二子です。母は伊香色謎命(イカガシコメ=孝元天皇の妃で開化天皇の皇后)といいます。物部氏の遠祖の大綜麻杵(オオヘソキ)の娘です。

崇神天皇は19歳で皇太子となりました。識性(ミタマシヒ=善悪を識別する能力)が優れていました。幼くして雄略(オシキコト)を好みました。壮(オトコザカリ)となると、心を広く持ち、慎み深くなり、神祇(アマツカミクニツカミ)を崇めました。それで常に天業(アマツヒツギ=天皇の仕事=皇位)を治めようと思うようになりました。

開化天皇即位60年の4月に稚日本根子彥大日々天皇(=開化天皇)は崩御しました。
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原文

御間城入彥五十瓊殖天皇、稚日本根子彥大日々天皇第二子也。母曰伊香色謎命、物部氏遠祖大綜麻杵之女也。天皇年十九歲、立爲皇太子、識性聰敏、幼好雄略。既壯寛博謹愼、崇重神祇、恆有經綸天業之心焉。六十年夏四月、稚日本根子彥大日々天皇崩。
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