柿本人麿

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柿本人麿

漢字・読みカキノモトノヒトマロ
別名人麻呂・人丸
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概要

持統天皇・文武天皇に仕えた歌人。歌人としての名声が凄いのに対して、書物に人麿個人に関する記述が少ないことから、謎が多く、いろいろと想像をかき立てられる素材になっています。

よく宮廷歌人という表現をしますが、持統天皇の時にそんな官職はなく、「歌を詠むのが趣味の公務員」というのが事実のよう。

それに人麿は歌人として歌を残して人生を謳歌したような気がしますが、後には四国や九州に左遷、最後は石見国(島根県益田市)とされますが、どれもハッキリしません。島根には「人麿は鴨島で死んだ」という伝説があるのですが、この鴨島自身も中世の地震で海に沈んだとされ、かなり怪しい匂いがします。

神社や関連する土地

柿本人丸神社
柿本神社

個人的コラム

御霊信仰? じゃあ人麿は祟神?
人が神になる場合は、二つあって、一つは生前の成果があまりにすばらしかったから、というのともう一つは生前の恨みから祟りがあり、それを鎮めるため。

じゃあ、人麿はどっちか?

人麿は歌人として優れていた。だから祀られてもおかしくない。でも、官位は低かった。少なくとも死んだ時は。それで祀るか?というと「歌」にどこまでの価値があったのか?についてよく分からないのでなんともいえませんが、素人目にみてもちょっと薄いんじゃないかと。それに「人」を祀る神社そのものが多くないことを思うと、祟りがあったから祀った――と考えた方が自然な感じがします。

でも御霊信仰が出てくるのは菅原道真あたり、つまり9世紀頃。柿本人麿が祀られるのが724年。ちょっと早い。人麿は後からこじつけられて祀られるようになったということは無いんでしょうか。人麿は演芸で取り上げられる有名人。人知れぬ神を祀るより、信仰は集めやすい?とか。

まぁ、妄想なのでスルーしてください。
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