斉明天皇(日本書紀)

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斉明天皇(日本書紀)

投稿:2015年12月28日 更新:2015年12月28日
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要約

即位1年1月 飛鳥板蓋宮で斉明天皇即位。
即位1年5月 空に竜に乗るものが見える。
即位1年7月 難波で大勢の蝦夷と宴会。百済の使者とも宴会。蝦夷に冠位を与える。
即位1年8月 河辺臣麻呂が帰国。
即位1年10月 小墾田に宮を立てようとする。瓦葺きにしようとする。飛鳥板蓋宮が火災。飛鳥河原宮に移る。
即位1年 高麗・百済・新羅が貢ぎ物を献上。蝦夷と隼人が属国に。
即位2年8月 高麗が貢ぎ物を献上。
即位2年9月 高麗に使者を派遣。
即位2年 後飛鳥岡本宮を建てて移る。斉明天皇が宮を建てまくることが批判される。吉野宮を作るが火災。
即位3年7月 覩貨邏国(タイの国)から男女が漂流してくる。飛鳥寺に須弥山を作理、盂蘭盆会を設け、その男女を歓待する。
即位3年9月 有間皇子(孝徳天皇の子)は狂った振りをしていた(仮病?)。牟婁温湯に湯治に行って治った。斉明天皇は喜んだ。
即位3年 新羅に使者を派遣。新羅経由で中国へ行こうとするが新羅が断る。百済経由で帰国。石見国で白い狐を見たと報告がある。
即位4年1月 巨勢徳太臣が死亡。
即位4年4月 阿陪臣が蝦夷を征伐。
即位4年5月 建王(天智天皇の子で斉明天皇の孫)が8歳で死亡。斉明天皇が合葬を願う。
即位4年7月 蝦夷が朝廷に出向いて宴会。冠位などを与えた。沙門(僧)が新羅の船で中国へ行き、三蔵法師から習った。
即位4年10月 斉明天皇が紀温湯へ。建王の思い出を歌う。
即位4年11月 蘇我赤兄が斉明天皇を批判すると有間皇子が謀反を提案する。しかし謀反は中止。有間皇子を中大兄皇子が問い詰める。有間皇子は縛り首に。
即位4年 越国守の阿倍引田臣比羅夫が熊と皮を献上。沙門の智踰が指南車を作る。出雲国が奇妙な魚の報告。唐と新羅が百済を滅ぼす。
即位5年1月 斉明天皇は紀温湯か帰る。
即位5年3月 吉野で宴会。近江の平浦へ。吐火羅人(タイ)が妻と舍衞(シャエ)の婦人と来た。甘檮丘で陸奥と越の蝦夷と宴会。に阿倍臣が蝦夷国を征伐。
即位5年7月 坂合部連石布たちが唐に行き、蝦夷を見せた。西漢大麻呂の讒言により流罪となる。その後、朝鮮での戦争のために出国を禁じられた。出雲の神宮を修繕。狐がツルを噛み切る。犬が人の手を持ってくる。高麗の死者が熊の皮を敷いて客をもてなすが、客人は恥ずかしく思った。
即位6年1月 高麗の使者の乙相賀取文と100人が筑紫に停泊。阿倍臣が粛慎国を征伐。能登臣馬身竜が死亡。
即位6年5月 高麗の使者の乙相賀取文が難波館に到着。仁王般若の会を設ける。中大兄皇子が漏剋(水時計)を作る。阿倍引田臣を蝦夷を献上。石上池で須弥山を作り、粛慎と宴会。百姓が理由もなく兵器を持っている。
即位6年7月 高麗の使者の乙相賀取文が帰国。覩貨羅人の乾豆波斯達阿が妻を残して帰国。
即位6年9月 百済は役人と僧の覚従が来日して、百済の滅亡を報告。王は唐の捕虜となる。鬼室福信の抵抗。
即位6年10月 鬼室福信が日本に救援を要請。百済の王とするため日本の人質として居た百済王子の豊璋を求めた。
即位6年12月 斉明天皇は難波宮へ。鬼室福信に兵器を準備する。
即位6年 新羅征伐のための船を作るが、ひっくり返ったために戦争は負ける予兆ととらえた。また科野国ではハエの大群が現れたので、これも救援軍が破れる予兆と考えた。そのような動揺も。
即位7年1月 修造した船が出発。大伯海で大田姫皇女が大伯皇女を出産。伊予の石湯行宮に到着。
即位7年3月 娜大津(博多)の磐瀬行宮に到着。
即位7年4月 鬼室福信が糺解を迎えたいと手紙を送る。
即位7年5月 斉明天皇は朝倉橘広庭宮に。宮を作るときに朝倉社の木を切ったために祟りがあった。耽羅が王子の阿波伎を派遣して貢ぎ物を献上。
即位7年6月 伊勢王が死亡。
即位7年7月 斉明天皇が朝倉宮で崩御。
即位7年8月 中大兄皇子が葬式をする。朝倉山に鬼が現れる。
即位7年10月 中大兄皇子が遺骸を帰国させようとする。歌を歌う。遺骸が難波に到着。
即位7年11月 遺骸を飛鳥で安置。
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「斉明天皇(日本書紀)」のページ一覧

Page1 斉明天皇(一)即位の経緯
Page2 斉明天皇(二)竜に乗る者・北と東の蝦夷・瓦葺きの宮殿
Page3 斉明天皇(三)蝦夷と隼人の内属
Page4 斉明天皇(四)後飛鳥岡本宮と田身嶺の垣根
Page5 斉明天皇(五)覩貨邏人が筑紫に漂着
Page6 斉明天皇(六)有間皇子は牟婁温湯へ・新羅は大唐へ使者を送るのを断る
Page7 斉明天皇(七)巨勢徳太臣の死・齶田の蝦夷の恩荷
Page8 斉明天皇(八)建王の死と歌
Page9 斉明天皇(九)渟代郡の大領の沙尼具那たち
Page10 斉明天皇(十)智通と智達と玄奘法師・紀温湯での歌
Page11 斉明天皇(十一)蘇我赤兄の天皇批判・有馬皇子の謀反
Page12 斉明天皇(十二)有間皇子の刑死・謀反の異説
Page13 斉明天皇(十三)阿倍引田臣比羅夫の粛慎征伐・智踰の指南車・雀魚
Page14 斉明天皇(十四)甘檮丘での吐火羅人と蝦夷との宴会など
Page15 斉明天皇(十五)阿倍臣の蝦夷国の征伐
Page16 斉明天皇(十六)坂合部連石布と津守連吉祥の唐行き・伊吉連博徳の書
Page17 斉明天皇(十七)西漢大麻呂の讒言・難波吉士男人の書
Page18 斉明天皇(十八)盂蘭盆・神社の修繕・狐と犬・羆の皮
Page19 斉明天皇(十九)阿倍臣の粛慎国征伐
Page20 斉明天皇(二十)漏剋・50人の蝦夷・粛慎との宴会
Page21 斉明天皇(二十一)道顯の日本世記・百済王の処遇
Page22 斉明天皇(二十二)百済の滅亡と復興・福信と自進
Page23 斉明天皇(二十三)鬼室福信は日本に豊璋を求める
Page24 斉明天皇(二十四)続麻郊で船がひっくり返る・信濃でハエの群れが国境を越える
Page25 斉明天皇(二十五)大伯皇女の誕生・福信は糺解を求める
Page26 斉明天皇(二十六)朝倉橘広庭宮の鬼火と祟り・東漢草直足嶋の神罰
Page27 斉明天皇(二十七)崩御・皇太子の歌
Page28 斉明天皇(二十八)斉明天皇の殯を飛鳥の川原で行う
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