持統天皇(三十五)戊辰に大嘗・百姓の男女に至るまで宴会・宅地の配分

MENU
TOP>持統天皇(日本書紀30巻)>持統天皇(三十五)戊辰に大嘗・百姓の男女に至るまで宴会・宅地の配分
スポンサードリンク

持統天皇(三十五)戊辰に大嘗・百姓の男女に至るまで宴会・宅地の配分

TWEET Facebook はてブ Google+ Pocket

原文

十一月戊辰、大嘗。神祗伯中臣朝臣大嶋、讀天神壽詞。壬辰、賜公卿食衾。乙未、饗公卿以下至主典、幷賜絹等各有差。丁酉、饗神祗官長上以下至神部等及供奉播磨因幡国郡司以下至百姓男女、幷賜絹等各有差。十二月戊戌朔己亥、賜醫博士務大參德自珍・呪禁博士木素丁武・沙宅萬首、銀人廿兩。乙巳、詔曰「賜右大臣宅地四町、直廣貳以上二町、大參以下一町。勤以下至無位、隨其戸口、其上戸一町・中戸半町・下戸四分之一。王等亦准此。」

現代語訳

(即位5年)11月戊辰(=1日?)に大嘗(オオニエ=新嘗祭)をしました。神祗伯の中臣朝臣大嶋(ナカトミノアソミオオシマ)は天神寿詞(アマツカミノヨゴト)を読みました。
11月25日。公卿(マヘツキミ=臣下)に食衾(オモノオオミフスマ=食事と布団)を与えました。
11月28日。公卿より下の主典(フビト=官位の名前=史と同じ)まで宴会をしました。合わせて、絹などを与え、それぞれに品がありました。
11月30日。神祗官の長上(ナガツカエ=毎日出勤する人)より下、神部などまで、および、仕える播磨・因幡の国の郡司より下の百姓の男女に至るまで宴会をし、絹などを与え、それぞれに品がありました。

12月2日。医博士の務大参の徳自珍(トクジチン)・呪禁博士(ジュコムノハカセ)の木素丁武(モクソチョウム)・沙宅萬首(サタクマンシュ)に銀を、一人20両与えました。
12月8日。詔(ミコトノリ)して言いました。
「右大臣には宅地4町を与える。直広弐より上には2町。大参より下には1町。勤より下、無位(ムイ)にはその戸口(ヘヒト)に従う。上戸(カミツヘ)には1町。中戸(ナカツヘ)には半町。下戸には4分の1。王(オオキミ)たちもこれに倣いなさい」
スポンサードリンク

解説

新嘗祭
通常は新嘗祭は11月の下旬にやるものなので、この記述は日付の記述が抜け落ちているのではないか?とも言われます。
宴会
宴会そのものは今まで散々、記述があったので別に問題はないのですが、ここでは百姓の男女が宴会に参加しています。百姓は身分が下、という感覚はなかったか、薄かったんじゃないかと思います。
Pre<<<  >>>Next 
スポンサードリンク

SNSボタン

TWEET Facebook はてブ Google+ Pocket

ページ一覧

管理人リンク

編集